

2003.5.5
海 野 智 子
日本社会におけるジェンダーとプレイバックシアター
目 次
はじめに
1 一般的な背景
2 将来への課題
3 課題達成のためにプレイバックがどう役立つか
4 具体的提案
5 総論
はじめに
ジェンダー(gender)とは、社会的、文化的に規定された性差を言い、生物学的な性差(sex)の対語である。
ジェンダーという名称は、まだ一般的にはなじみが薄く、これが社会的な大きなテーマとして表面化してきたのは、1990年代になってからである。
ジェンダーについての学問的研究の起源は、1970年代後半に始まった「女性学」にあり、1980年代に欧米の「フェミニズム」理論の影響を受け、1990年代に入って男性も研究対象に入れて、家族ならびに一般社会全般にわたって政治的・経済的・教育的等の観点から、単に女性問題としてでなく、男女両性の共同参画の問題としてとらえる「ジェンダー」についての研究が行われるようになった。
現代社会には、意識的であれ無意識的であれ、さまざまな場面でジェンダーに基づく固定的な決めつけ・偏見が存在しており、さらにその結果により社会的な偏り・偏向もまた存在している。これをジェンダー・バイアスと呼ぶ。
たとえば、「女性は理科系に向かない」などという決めつけは明らかにジェンダー・バイアスの一つの現れといえる。実際には、理系が得意な女性もいれば、理系が不得意な男性の存在している。ところが、「男の方が理系に向く」というジェンダーによる偏見は、「常識」のかたちで一般化されるだけでなく、ときには科学的で客観的な装いをもって語られることもある。そもそも、ジェンダーについてほとんど無関心なかたちで発展してきたが学問や研究そのもののうちに、しばしば、自覚されないジェンダー・バイアスが存在していることにも注意を払う必要がある。
ジェンダーをめぐるこうした固定的な偏見は、社会の仕組みにおける男性優位や女性排除の構造を生み出すことで、社会的・政治的・経済的な偏りを作り出す。
ジェンダーは人々の自由で人間的な生き方を規定する大きな要因の一つであり、現代社会において私たちは、日常の活動の中で気づかずに見逃しているジェンダーが多いのではないかと思われる。
ジェンダーフリーの社会を目指すとき、プレイバックシアターがどんな関り方ができるのか、また可能性があるかを考えてみる。
1 一般的な背景
(1)
日本文化とジェンダー
毎年、就職戦線たけなわというとき、女子学生には求人側からの情報が届き難くい。「男は仕事、女は家に」が原則だから、女性を職場の正規のメンバーとして採用したがらないという、企業側の姿勢がうかがわれる。1999年、改正雇用機会均等法が施行され、男女共同参画社会基本法も施行されたが、依然として固定的性別役割分業観は、社会的基本通年として日本の社会に根強く残っている。
この性別役割分業観は、わが国の社会では固定的であるかに思われるかもしれないが、歴史を振り返ればそれは不変であったとはいえないのではないか。性別役割分業観に限らず、ジェンダー観一般も長い間に変化があったのではないか.
平安時代――働く女性はあたりまえ
太平洋の西北、モンスーン地帯に属する列島に形成された日本という国が、固有の文化を創り上げるようになったのは平安時代である。新都、平安京が造営され、遣唐使が廃止された時代である。日本の文化におけるジェンダーのあり方についてこの時代に注目する。
平安時代の文学における女性の活躍は海外でも高く評価されている。大英博物館の研究員であった詩人のアーサー・ウィリーが、1925年から『源氏物語』を英訳出版し、非常に好評を博して広く読まれたことと、近年、エディス・サラが道綱の母の『蜻蛉日記』その他の平安時代の日記文学に関する論考を発表した。とりわけウィリーは『源氏物語を「いままで書かれた世界の作品の中で二指か三指に数えられる最大傑作の一つ」とみており、事実、翻訳書の刊行後は、『モーニング・ポスト』や『ニューヨーク・タイムズ』紙などで絶賛を浴びた。
しかし、このような宮廷において花開いた女房文学が入内した上流貴族の娘が天皇の寵愛を受けるには教養が必要とされたために、その女官として起用された才能豊かな中流貴族の女性によって生み出されたものである。その一方で彼女たちは、「妻問い婚」の慣習のもとに、女性は一方的・恣意的に通う男性を待つという愛のあり方に深い苦悩を抱いていた。紫式部と同時代の歌人、和泉式部が晩年に詠んだとされる「あらざらんこの世のほかの思い出に いま一たびの逢ふこともがな(やがて自分が死に―仏の道の教えでは今生を去って後世を得るというが―そのときの思い出に、いま一度、あの人と愛を契ってみたい)」という歌は、女からは男のもとに通えない状況のなかでの絶唱である。
とはいえ、平安時代、貴族の女性の場合は妻独自の家屋を含めた財産所有と日常的物資などの妻方両親からの経済援助があった。一夫多妻で夫とは別居する妻の場合、経済的後ろ盾は妻自身の親たちであった。
・庶民の女性の場合
平安時代には、いまのJR京都駅に近い七条猪熊のあたりに「東市」、七条御前のあたりには「西市」という官許の交易が設けられていた。月の前半15日までが東市、後半16日からが西市と、交替で「市」が開かれていた。各店舗が地域の屋号を持ち、土地の産物を販売していた。東西市は非常に賑わい、空也をはじめとする宗教者の勧進・説教の絶好の場であったばかりでなく、男たちにとって相手捜しの場でもあった。当時の状況を活写した四天王寺蔵「扇面法華経冊子」があるが、そこに描かれているのは何と、売り手も買い手もほとんどが女性なのである。
このような官許の交易場以外に、都大路には「販女」と呼ばれ、薪や魚などを売り歩く振り売りの女たちがいた。男性には「市女」や「販女」にあたる言葉がみあたらず、平安京の商業活動の中心は女性であったとみれる。また、平安京は、律令国家としての体制を旧都から引き継いだ新都であり、東西の市も当初は男性の管理に委ねられたが、次第に女性商人が取って替わったものと推察できる。
さらに宮廷の衣装を調達する「縫殿寮」や「織部司」などの工房で働く女性技術者もいた。家に引きこもっていない、いれない女たちの時代が確かにあったのである。わが国の文化の固有性が確立した平安時代のジェンダー観では、働く女性は“あたりまえ”ということであった。
男性の文化選択の変容
わが国に武士が台頭し、権力を握るにいたったのは12世紀のことである。いいかえれば、それまで恒常的な階層として、武力によって紛争を解決し地位の獲得を図る専門的な集団は存在しなかったということになる。このような男性集団の成立は、やがて武器の技術開発によって集団戦へと軍略の転換を促し、テクノクラシーによる体制強化に向かう。わが国のジェンダー観は、武士集団の台頭以前と以後で大きく変容する。
・武士集団台頭以前―文化の女性性受容
10世紀半ば、紫式部がまだ『源氏物語』を世に送り出すよりも前に、男性である紀貫之は『土佐日記』を、筆者がまるで女性であるかのような筆使いで綴った。「をとこもすなる日記というものを をむもしてみんとするなり」という書き出しは、あまりにも有名である。男性もまた女性性(feminity)の色濃い文化に馴染んでいたのである。当時の歌人が、性別を超えた歌を詠みあさっていたことは、貫之も参加した勅撰の『古今和歌集』などにもよくみられることで、『土佐日記』において男性が仮名を用い、女性性を具有した感性に依拠して創作を試みることは、奇異な行為ではなかったであろう。貴族の少年が女性性を内在させて成長することを咎めないジェンダー観が、当時の貴族社会にあったとみてよいだろう。マッチョな男性とは対照的な男性の姿がここにある。
紀貫之に限らず、平安時代の男性歌人は、公的文書に向かうときは漢字漢文、私的な心情吐露の媒体である歌においては仮名という、両性具有的感性を具えていたわけである。
・武士集団台頭以後―文化の女性性拒絶
源氏と平家の戦いで平家が滅んだ後に、源頼朝が鎌倉に幕府を開いて武家政治の時代となった。それは、宮廷を中心に伝承された女性性の高い文化の拒絶をもって始まる。
秦恒平は、後白河法皇が勝者の源頼朝を迎えたときの様子を伝える『古今著聞集』の挿話として、法皇が頼朝に「宝蔵の御絵ども取り出されて、関東にありがたくこそ侍らめ」とすすめたところ、頼朝は「君の御秘蔵物に候御物に、いかで頼朝が眼を当て候べき」と恐れをなして一見もせずに返上したことに触れている。これは、12歳まで京都に過ごした頼朝が宮廷文化の片鱗を感知していたことから、女性性の高い宮廷文化に魅入られ、武断の思考回路からはずれて滅んだ平家の轍を踏むまいと決意したためと考えられる。実際、のちに後白河法皇を中心とする朝廷との折衝において頼朝は、女官を前面に立てて対峙する相手に苦杯をなめさせられる。幕府の開幕は、都に遠い鎌倉であった。
近世−体制強化のなかで
武家政治の拠点はその後、室町時代に京都に戻り、ここにおいて立華・能・連歌などを中心とする文化が、多分に貴族社会との関連を深めるなかで花開いた。また、京都近郊の農家の蔬菜・果実栽培と農産物加工が盛んとなる一方、『七十一番職人歌合』などに姿を留めるような各種職人の台頭があり、そのうち「酒造り」「魚売り」などが女性であるなど、その後の時代の商いのジェンダーとは異なる様相がみられる。しかし、「酒造り」が規模拡大されるとき、製造と販売は男性の手に移っていくなど、のちに官僚支配政治(ビューロークラシー)と経済支配政治(エコノクラシー)の連携が支配者の権力を増大させ、被支配者への抑圧が重層的となる萌芽が、ここにある。
17世紀に確立し役270年継続した徳川幕府の支配体制のなかで、身分による拘束と女性への抑圧が顕著になるが、江戸時代後期になるとさまざまな領域で文化創造にかかわる女性が現れる。
・幕藩体制と女性相続
中世前期には女性が家督や地頭職を相続する場合も少なくなく、また分割相続が一般的な相続形態であったなかで、女性へも所領分割が行われるのが普通であったのが、中世後期になると単独相続が過半を占めるような社会情勢となり、女性の相続は次第に一期分というかたちで制限されるようになっていった。しかし、近世に至り、徳川幕府による支配体制の強化にともない、武家の女性は例外的な場合を除いてほぼ完全に家督相続および所領相続から排除された。一方、農家相続については厳しい法規制はおこなわれず、近世を通じて末子相続制、姉家督相続制などの相続慣行が行われ、一時的な中継ぎ相続人が大半を占めたと考えられるものの、姉家督相続の傾向は農家相続が示すように女性が家督・家産相続から全く排除されるということはなかった。また、町人の場合、家督相続の傾向は農家相続と同様であったが、家産相続という面においては町方の場合、分割相続もかなり行われ、その際、女性にも相応の分与がなされていた。とはいえ、支配階級の武家の女性蔑視は広く社会規範を形作っていた。
・文化の享受者としての女性
法制上、経済的自立が困難となった女性は、武家にあっては家督相続者を産む性としての役割に固定された。そのような状況のなかで女性は、文化の創造者としてではなく享受者としての生活を営むことになる。
たとえば徳川秀忠養女勝子が1628年に池田光政に嫁いだ際の豪華絢爛たる婚礼調度の第1位に「貝桶」があるが、これは源氏物語絵や花鳥画をハマグリの左右の貝の内側に描いたものをうつむけて並べ、トランプの「神経衰弱」と呼ばれる遊び方のように合わせて楽しむ「貝あわせ」の貝を収めたものである。大名家の若い女性は、それを遊具として扱う美の享受者であったが、そのような美しい絵を描く創造者ではなかった。またそれは、武家の婚礼調度として百科事典のような役割を果たしただけでなく、同じ貝の左右が合うことを勝ちとする遊びのなかで、妻の貞節を求める優雅な呪縛ともなったと考えられる。
・文化の創造者としての女性
近世都市の発展がもたらしたものは、交通・運輸と商品・貨幣流通の発展であった。都市人口の増加と手工業の生産の発展につれて、日常物資や手工業原材料が近郊農村に求められるようになったので蔬菜類や菜種・藍玉などの商品作物の栽培が盛んとなった。また、各藩も特産物の振興を進めた。このようなことから都市と農村に富裕な階層が現れるようになった。民間の私塾や寺子屋で学ぶ庶民の子供が増えたなかに、女子の姿もあった。幕末にいたっては、全国の寺子屋の6割に女子が学んでいた。
やがて江戸時代後期から女性の漢詩人、歌人、画家が輩出する。その背景には、このような社会経済の振興と文化の享受者・創造者の一般化があるのであるが、このことはまた、それらの領域で女性が受容されていたことを示している。同時に士農工商という身分を人々が具えた教養によって超えることも生じた。たとえば幕末、信州伊那の豪農の主婦であった松尾多勢子が和歌や国学に親しみ、50代で京都に出て勤皇の志士とともに活躍した。彼女は家政と家業を取り仕切った女性でもあった。体制の揺らぐとき、力をつけた女性が、階級や年齢を超えて男性集団に迎えられたのである。
近・現代―抑圧から開放へ
明治時代以降、わが国は近代化への道を驀進することになる。しかし、西欧の主導する近代社会そのものが、必ずしも、自由・平等・市民的自立を万人のものとすることを目標にしていたわけではなかった。科学革命・産業革命とあいまって列強の帝国主義が進展し、支配の構造は増大・強化された。そうした国際的環境のなかで、明治半ばから、天皇を頂点とする家父長制と資本制の連動によって、わが国の女性は、法制と慣習の呪縛によって自立の困難な状況に追い込まれた。しかしやがて20世紀後半から、抑圧から解放へ、歴史を止揚する世界的なうねりが生じたのである。
日本の近代化とジェンダー
明治維新をもって始まる日本の近代化は、列強の帝国主義的植民地支配が突き進むなかで、開国と自立を両立させた例外的な成功とみられている。しかしやがて、後発の帝国主義国家として周辺のアジア諸国への侵攻という“前者の轍”を踏むことになった。また富国強兵政策を支える資本制と家父長制の連携が、全体主義的な国家政策のもとに、ジェンダーを固定し女性の自立を奪うが、一方において教育の普及は国民に力を与えた。
(2) 女性の視点からみる現代日本社会
a働く―ジェンダーと労働
現代社会では、多くの女性たちが職場で働いている。けれども、根強い性別役割分業意識のもとで、女性労働者に対しては男性と異なる様々な差別がある。
男女の労働力をめぐる状況をみると、労働力人口に占める女性の割合は4割。女性の労働力率は49.2%である。男女別の年齢階級別労働力率をみると、男性が20歳代後半から50歳代までを山とする台形を描くのに対し、女性では、30歳代前半を谷とするM字カーブを描いている。女性の労働力率を未婚者、有配偶者で分けると、有配偶女性は、出産・子育て期に就業を中断し、子育てが一段落したところで再就職するという就業パターンを持つ者が多く、それがM字カーブの要因になっている。また、就業を希望する者は労働力率の低い30歳代に多く、就業希望者に労働力人口を加えて算出すると、M字のくぼみはほとんどなくなる。このことは、子育て期の女性も就業希望を持っているが、現実には困難である状況を反映している。
M字型就業形態の背景と問題点は、
1 終身雇用形態(年功賃金、年功序列、企業内教育)からは女性が完全に排除されていること。
2 再就職の準備や技術教育をする機関がないし、その必要性の認識も高まっていない。
3 女性は雇用労働者になる以外、自分が事業主、企(起)業家になる道が開拓されていない。
4 現状のパートタイマーの賃金では、老後の社会保障には繋がらない。というのも、現在の所得がそのまま老後の社会保障のレベルを決定するからである。
高度情報化社会・高度産業社会と称される現在、労働の質も生産における筋肉労働中心とする産業ではなく、情報処理能力、想像力、企画力、適応力、判断力などが求められる時代に変化しつつある。この変化は、これまでの男性優先産業社会の構図を根本的に塗りかえる方向で作するだろう。
そればかりでなく、これまでの効率優先・生産性優先・利益優先でやってきた男性中心の近代産業社会が、いま、ゆとりのない、個々人の人間性や能力が十分発揮できない社会を生み出してきたという反省の声もひろがろうとしている。
ジェンダーと労働という課題は、従来の男性中心社会の働き方を根本的に問いなすとともに、ジェンダーによる分業をこえた自然と調和した「もう一つの(オルターナティブ)働き方」の必要性と問いかけているのではないだろうか。
b家族とジェンダー
私たちはだれを家族と考えているか、あるいはどんな家族を理想としているかということとは別に、法治国家の日本では、家族関係は法制度で基本的に規定されている。タテマエとしては、私たちは男女平等に家族を造り維持していくことになっている。また、法律のなかで女性差別を是正する必要な項目、たとえば「家族」に大きく関係する民法では、婚姻年齢制限や離婚後の再婚制限における男女の違い、夫婦同姓の規定などが、改正すべき点として検討されている。
しかし、私たちが家族生活をおくるとき、法律上定められていることとは別に、「社会的事実」として観察することのできる慣習・慣行が数多くある。たとえば、夫婦の姓の選択やどちらの親と同居するか、死後どの墓に入るかといった具体的な生活の多くの場面で、慣習が存在している。これらの慣習が、「創られた自然」であり、「創られた伝統」であり、それらが私たちの意志のなかに「女性として自然」「男として当然」「昔からの伝統」といった正統性に裏づけられて生き続けている。
子育てをめぐる状況−日本とアメリカ、韓国の親で「子育ては、楽しみや生きがいである」という意見についての考え方を比較すると、肯定する者の割合は、アメリカ合衆国では
98%以上なのに対し、日本では85.6%と低い。「子育ての意味」についての考え方をみても、アメリカと韓国で高い「子育ては楽しい」が日本では極端に低く、「子どもを持ち、育てることによって自分が成長する」が最も高くなっている。
離婚の増加―離婚件数は上昇傾向であり、その年代も高齢化している。
これは、寿命の伸びによって、女性が子育て後の自分の人生を見直すようになったためではないだろうか。さらに、離婚に対する社会の容認度が高まっている。
また、離婚原因についても、調停に申し立てられた動機の第1位は夫婦共に「性格が合わない」であるが「異性関係」についで第3位に「夫からの暴力」があげられている。わが国では夫からの暴力(ドメスティックバイオレンス)は1992年頃から女性自身が外に向かって表現し始め、社会問題として取り上げられるようになったが、それまでは、夫婦間の問題として扱われていた。
c高齢者―介護とジェンダー
平均寿命が延び、高齢化が進む中、「介護」の問題が社会問題として浮かび上がってきている。厚生労働省の推計によると、寝たきりや痴呆、虚弱などから何らかの介護(ケア)を必要とする高齢者が
2002年には26万人に達している。要介護者は、必ず「介護者」を必要とする。介護とジェンダーを考える場合、介護者の性別が女性に偏っている。
家族で介護している場合、寝たきり高齢者を主に介護している人を続柄別にみると、息子の配偶者(嫁)が約1/3を占めている。
社会学者のアーヴィン・ゴッフマンの考察した理論を紹介する。ゴッフマンは一つの行為が複数の意味を持ちうる様子を分析するために、「主要関与」「副次的関与」という概念をたてた。主要関与とは、個人の関心の大部分を奪う行為、副次的関与とは、主要関与を脅かすことなく同時に続けることのできる行為である。ここでは、主要関与はケア、副主要関与はセックスとなる。
ケアがケアとして成り立つためには、セックスという「副次的関与」を消す必要がある。ケアがセックスに似ていると連想したとたんに、ケアの受け手や与え方に戸惑いや嫌悪感、恥ずかしさなどが生じてしまい、ケアに集中できなくなるからである。
男性が介護者になりにくいのは、セックスを連想させるものを排除することが難しいからである。医者は、女性患者を診察するときには、事務的に接するがゆえに、身体接触を伴ったサービス行為があっても、セックスを連想させずにすむ。しかし、ケアが事務的になってしまうのは、よいケアといえるかどうか疑問である。
日本社会では、男性がやさしく相手に触る状況がセックスの場以外に少ない。また、男性が性的にアクティブであるという了解がある。これらの意識があるがゆえに、男性が与え手で女性が受け手であるようなケアが受け入れられにくいものである。
一方、女性は、性的に受動的と思われている。また、女性は男性に比べ、腕を組んだり、触ったりというように、親愛の表現としての身体接触に慣れている。また、母親が子どもをケアするということが自然だという母性イデオロギーの存在も大きい。それゆえ、女性が身体に触れる形でのケアは、性的意味が剥奪されやすい(性的状況を連想しなくて済む)。女性が男性の介護をするという状況が受け入れやすいのである。
(3)男性とジェンダー
男性の自殺率の高さ、平均寿命の低さという統計データから始まって、離婚時の子どもの養育権はほとんど母親に与えられること、人前で泣いてはいけないとされていること、父子家庭に援助はしないことなど、男性にとって「不利」な事実や規範の存在があった。今まで、このような不利益は、男性が優位な性であることの代償として甘受すべきものとして据えられてきた。しかし、男女平等意識が浸透している現在、男性も割り当てられたジェンダー特性(男らしさ)によって苦しんだり、不利益を被るという主張が受け入れられ始めている。
男らしさの解放が単に「人前で泣いてはいけない」「化粧ができない」というレベルではない。現代社会の「男らしさ」も社会的・経済的構造、特に家族の性別役割分業の構造と密接に関連している。
男らしさからの解放は決して女性に歓迎されているわけではない。それは、伝統的な「男性役割」が家族の経済的責任と結びつけられて考えられているからである。「家族を守る」「妻子のために稼ぐ」といった家族的責任と結びつけられて考えられている。
伊藤公雄は、男らしさとして三つの性格、優越志向、所有志向、権力志向を挙げるが、それは家族の経済的責任をとる「条件」もしくはその「報酬」として意識されている場合が多い。他者と競争して、多くの金を稼ぎ、その結果、家族の中で権力が振るえるという構造になっている。また、自立していること、家族の外で自己実現することが、男らしさと同一視されやすいのも以上の理由による。
男らしさからの解放は、社会的・経済的責任とらないこと、とらなくても非難されないという誤解が生じる。女性役割からの解放が養育責任を放棄することと同一視されるという誤解と表裏一体をなすものである。
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男らしさ |
女らしさ |
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自己実現=経済的責任 |
愛情=養育責任 |
2 将来への課題
わが国では、1990年代になって、80年代までの長期的な高度経済成長に終わりを告げ、長らく調整過程が続いているが、同時に進行してきた国際化の中で、アメリカを中心としたグローバルスタンダードへの対応も迫られている。
社会環境面では、少子化・高齢化社会の進行が国民全体への大きな不安材料になっている。
そうした中で、日本人の価値観や、ライフスタイルは多様化しつつあり、従来の社会システムの見直しが迫られている。
また、これまでの長い歴史の中で築かれてきた男性中心の社会システムにおけるひずみ(人類全体の基本的人権の不平等や、地域、民族間の紛争など)について、世界的に是正が叫ばれており、国連や世界女性会議において男女のあらゆる差別を撤廃し、人間の基本的人権を尊重した平和な世界を築こうと呼びかけている。
「女性の役割」や「女らしさ」といった性にかかわる意識や社会の仕組みが、文化や歴史の産物だとするというジェンダー学の視点は、これまでこの枠組にとらわれてきた私たちの「常識」の世界に亀裂を入れることになった。
そして、女性学の登場や女性運動の発展に見られるように、女性たちの多くは、今、これまでの「女はこうあるべきだ」というジェンダー意識によって支えられた社会の構造にはっきりと異議を申し立てようとしている。固定的なジェンダー意識は、女性達が本来持っている多様な能力を抑制し、女性の社会的な活動に制限を加えてきたからである。女性たちがその多様で個性的な能力を十分に発揮できる社会を作り出すためには、ジェンダー・フリー社会の実現が必要である。
この問題は、もう一つの性である男性にとっても重要な意味を持っている。なぜなら、男性たちもまた“男らしさ”というジェンダーに縛られることで、仕事以外の自分の生き方をうまく見出せないできたからだ。
現在語られ始めているジェンダーにとらわれない「男女共同参画(gender equality)社会」の実現は、その意味で男性たちにとってもプラスの意味を持っている。あらゆる分野への男女の対等な参画と対等な責任に分担を目指す「男女共同参画社会」は、男女ともに短時間に密度の濃い労働をし、対等に家事・育児・介護を担い、地域活動や社会活動のなかで「自分らしい」生活を創造していけるような社会だからだ。それは、これまで「女だから」ということで社会参加を阻まれてきた女性たちの社会活動を広げるとともに、「仕事人間」だった男性にとっても、家庭や地域での生活が保障されることで、より「人間らしい」豊かで充実した人生が保障される社会になるだろう。ジェンダーをめぐる問題はやっと見え始めたばかりである。もちろん、個々の人生は、個々の自由な選択にゆだねられるべき問題であることはいうまでもない。しかし、個々人の日常生活にも密接にかかわるジェンダーの問題は、時代の転換点にある現代日本の社会システムをどう変えていくのかという重大な課題とも連動している問題である。
個人の悩みから社会問題へ
私たちが日常生活のなかで女をする/男をするということは、文化が準備してくれる女らしさ/男らしさのシナリオがきちんとあって、そのシナリオをそのままなぞればOK、といった単純なものではない。私たちは一見なにげなくジェンダーをしているときも、じつはシナリオのないドラマのなかで、その場その場にとって妥当と思われる振る舞いを推論してアドリブでそれを実践している。だからヘマやミスの余地はいくらでもあるし、それこだわりだせば悩みはつきない。また、女らしさ/男らしさをめぐる各種の文化的な定義やイメージ自体が、全体としてみればじつは、それほど一貫したものでも矛盾のないものでもないということがある。たとえば、「家事・育児の怠りなくよき母、よき妻であれ、しかも美しく(性的に魅力的で?)あれ」という既婚女性へのメッセージや、「紳士的にやさしく相手の気持ちに配慮して、しかし男らしくイニシアティブをもって積極的に」というデート中の男性へのメッセージは、ときに、それに真面目に従おうとする者を二重、三重の板ばさみ(ダブルバインド)状態に陥れるかもしれない。
“自殺”を取り上げてみる。自殺というとまったくの個人的なものだとおもわれがちな現象の場合でさえ、その背後には本人の心理の範囲を超えた社会的な原因(たとえばアノミーと呼ばれる社会的きずなのほころび)が働いている。
あらゆる悩みは社会的である。悩みについて考えこんだり、話したりするためには、まず、その悩みをあらわす言葉が必要である。「太り気味の自分が嫌だ」「職場の上司が、食事やお酒にしつこく誘うので困っている」こうした悩みごとの記述を読んだり、聞いたりして私たちがとりあえず「なるほど」と思えるのは、私たちが、肥満と男女のみかけの良し悪し、職場の上下関係と「セクハラ」といった事柄について、一種の常識を働かせることができるからである。こうした常識はおおむね、言葉を媒介にしたイメージの連鎖からなる。常識やその材料となる概念(言葉)は、私たちが個々人でかってにでっち上げたものではない。つまり、言葉は社会的なものである。だから、言葉を通じてしか表現できない悩みも当然社会的なものと言える。
いいかえれば、悩みについての人の理解と経験は、言葉を介した意味づけの実践によって形づくられるということである。自分の悩みの原因や本質は何か。その悩みに責任があるのは誰か。それはじっと我慢するしかないものなのか。それとの何か解決方法があるのか。その悩みについて、自分は具体的に何をすればいいのか。「大きな悩み」を抱えた人は、こうしたことを何度も考え、また他の人と話し合うだろう。そうしたプロセスを通じて、悩みの意味づけはしばしば変わり、時には社会問題とよばれる現象へとつながっていく。
特に家庭内の問題や個人の悩みは、プライバシーの問題という認識のもと、政治や行政が介入しないという判断がある。社会的な問題として認知させるためにはどうするかが課題である。
3 課題達成のためにプレイバックシアターがどう役立つか
ジェンダー・フリーの社会を実現するために必要なことは、政治的な施策と人々の意識である。とりわけ、意識を変えることは非常にデリケートであり、困難なものである。また、鶏が先が卵が先かのような、どちらのほうが重要で優先的であるとも言えない。車の車輪のように、どちらが欠けてもジェンダー・フリーの社会の実現が進まない。
そこで、意識改革を進めるという場合、ジェンダーに敏感な女性で、強い意志を持っている者、力を持っている人(権力、名声、経済的など)は、自らの力で、社会に対して主張することができる。しかし、強さを持つがゆえに、より強いバッシングを受けたり、同性の理解が得られなかったり、主張することで新たなストレスを感じることが時としてある。また、力を持っていない人は、「ノー」を発することが難しい。
プレイバックシアターは、特に力のない人の声、言葉、気持ちを外に対して表出させることができる有効な手法である。守られた空間と肯定の世界が、語った人のメンタルな部分のサポートも同時に行うことができる。
また、ジェンダー意識がまったくなく、今の生活に満足している人には、プレイバックシアターを使うことにより“気づき”と本来の自分の心と向き合うことができる。
気づきが、これまでの自分の生活の積み重ねを、ある種否定することになるかもしれない。また、新しい自分・新しい生き方を模索し始めると、ここでもメンタル的なサポートが必要になる。
4 具体的提案
ここでの提案は、プレイバックシアターを行うときにどのテーマに着目し、働きかけたら良いかを提案する。
(1)
企業社会へのアプローチ
日本の企業は資本主義社会の宿命と言えるが、目的は利益追求である。そのことが、ジェンダー・フリーを阻んでいる一つの要因であると言える。しかしながら、その社会で働いているのは人である。人が活き活きと仕事ができることが、企業の活力につながり利益を生み出すことができるのである。
企業のなかで求められているものの一つに、「創造性」がある。「創造性」を産み出すには「柔軟さ」が必要である。固定的な意識に縛られているなかでは、「柔軟さ」は得られない。芸術性を持ち合わせたものを取り入れ、自由な発想を連想させることが有効であると考える
また、組織の中には上下関係があり、そのことで様々なストレスが渦巻いている。このストレスの要因に「関係性」がある。上司と部下、同僚、男女また、クライエントとの関係など。また、セクシャルハラスメントという大きな問題もそのなかに含まれている。
社会が企業求めるものは、地域あるいは社会への貢献である。社会的な責任と義務である。企業としての社会的貢献は、方針決定の力を持つところが積極的に意識しなければ難しいことである。「健全な経営と運営」というテーマで幹部職員に対してアプローチするのも一つの方法である。
(2)
教育現場へのアプローチ
・教師に対して… 義務教育の教員研修で、ジェンダー度チェックを行ったところ、固定的性別役割分業の意識がかなり強くあったのには非常に驚いた。学校では、男女平等教育を行っていることになっている。しかし、それを教える教師自身がジェンダー意識を持っていなければ、真の教育はありえない。
また、ある農業高校の教員研修の依頼を受け、ワークショップを行った。この研修のテーマは、生徒とのかかわりとその場合の表現の仕方および生徒指導上の悩みの教師同士の共有化であった。
教師は、生徒あるいは同じ教員仲間にでさえ、弱みをみせられない、問題を抱えていることを隠すという意識を強く持っている。「こうあるべき」という固定的な考え方が強く存在している。
この研修会には30人ほどの教員が集まった。ソシオメトリーから始まり、自己紹介を兼ねて、「自分が一番幸せだなあと感じるときはどんなときか」を短く語っていった。様々な日常生活のちょっとしたシーンを見ることができたが、隠れたジェンダーが存在することもわかった。ロールプレイ(2重円)では、教員たちは何となく感じるものがあったようであった。サウンドアンドムーブメントリレーでは、小グループ対抗戦であったので、グループ関係性が、チームワークを作り上げていた。そして次のストーリーへと繋がって行った。
・児童・生徒に対して… 無意識のすりこみ教育が懸念されているところであるが、子どもたちへロールを使いながら、「みんな違っていい」本当の意味での個性を尊重することをテーマに、難しくならないワークショップを提供する。
(3)
家庭へのアプローチ
「母性神話」「三歳児神話」が根強く存在し、女性が子育てをするのが当然という社会通念が男性には育児責任が必要でないものとされ、さらに良い母であることを求められるため、束縛感、母親業を理解してもらえないという孤独感・不満感、子どもの発達にたいする不安感、周囲からの重圧感などが交錯している。自分のライフスタイルを見出すことを忘れてしまいがちである。自分らしく生きることを気づくことができれば、子育てのストレスや悩みの解決の糸口となるのではないだろうか。
(4)
福祉現場へのアプローチ
高齢社会の日本では、介護の問題が社会問題となっている。介護について、介護する側、される側で意識のずれが存在している。ここではあえてジェンダーには触れないが、介護する側は、サービスの提供を過剰にしてしまいがちである。介護される側にとってみれば、できるだけ他人の世話になりたくないという感情があるし、できるところはすべて自身でやりたいと思っている。不自由であるがゆえに自分自身の存在の確認をしているのである。しかし、それを言うことができないのである。なぜなら、介護あるいは介助が必要なときにしてもらえなくなってしまうという恐れを持っているからである。
介護する側、される側の意識ずれを解消するためには、ストーリーで語ることができればわかりあえる可能性があると思う。
(5)
行政へのアプローチ
行政が市民へ施策として広くアプローチしていく使命があるが、行政内でのジェンダー意識が根強くあり(男社会の典型)、行政内での温度差が激しい。また、セクシュアル・ハラスメントの問題が内在している。男女共同参画所管課と連携し、職員研修等へのアプローチをしたい。
また、プレイバックシアターのカンパニーの活動にも限界があり、多くの市民対象にしたプレイバックシアターのパフォーマンスをするときは、問題提起として、テーマの明確さを出すため、また、ヘビーストーリーを扱うことになるテーマの場合にはシナリオストーリーが有効な手段の一つである。
ジェンダーについて学び、性について考えるとき、自分の生物学的な性を受け入れることができない人たちに対する偏見や差別があることも事実である。私の友人の中にも一人いる。彼(彼女)は、その差別、偏見から職業の選択の自由を奪われ、生活に影響をきたしているが、自分を理解してくれる人が一人でもいることで、自由に、生活を精いっぱい楽しんでいるのを目にすることができる。
5 総論
ジェンダー・フリーの社会の根底にあるものは、人間としての尊厳である。自分自身をその弱さを全部含めて認め、尊重できなければ他人を尊重することはできない。そして、他者への思いやり、そこに愛がなければジェンダー・フリーの世界は成り立たない。プレイバックシアターの根源は愛であると私は信じている。ゆえに、ジェンダー・フリー社会の実現のために私はプレイバックシアターの浸透を目指すものである。また、プレイバックシアターを学び、深め、広げる活動をすることは、自分自身と向き合わざるを得ない。日々の生活の中で、その作業の繰り返しである。
様々な場で、パフォーマンスやワークショップをするときに、私たちが学び取ったプレイバックシアターの精神をどのように伝えることができるかを常に想い、それぞれの場面で効果的な手法を駆使していかなければならない。
参考資料
「男女共同参画白書」内閣府編
「ジェンダーフリーの時代へ」百瀬靖子著
「ジェンダーで学ぶ社会学」伊藤公雄・牟田和恵編
「ジェンダーの社会学」江原由美子・山田昌弘著
「ジェンダー学を学ぶ人のために」冨士谷あつ子/伊藤公雄監修、
日本ジェンダー学会編
「ジェンダーの罠」諸橋泰樹著
「ジェンダーの心理学」青野篤子/森永康子/土肥伊都子著
「ジェンダーの心理学」東清和/小倉千加子編
「冥き途」増田繁夫
「日本女性史」脇田春子/林玲子/永原和子
「男らしさのゆくえ―男性文化社会学」伊藤公雄