スクール・オブ・プレイバックシアター日本校 卒業論文
役割理論からみたテラー体験
〜プレイバックシアターの精神療法としての可能性〜
2003年5月
杉山幸枝
目次
T はじめに
U 役割理論
U‐@ 役割の概念
U‐A システム論的役割理論
U‐B プレイバックシアターと役割理論
U‐C 仮説の提示
V 事例
W 考察
W‐@ 役割理論の視点から
W‐A プレイバックシアターの特徴
W‐B プレイバックシアターの精神療法的側面
W‐C 今後の課題
X 結語
参考文献
T はじめに
個人にとってプレイバックシアターはどんな体験なのだろうか。よい体験か?辛い体験か?ある人はプレイバックシアターを続け、ある人は一回の体験でやめてしまう。その違いは何だろう?プレイバックシアターの愛好家は、「プレイバックシアターを通して自分が変わった」と言い、実際、行動の変化が他者からも観察されている。プレイバックシアターに肯定的なイメージを持ち、肯定的な変化を体験しているものが少なからずいることから、筆者はプレイバックシアターの精神療法(psychotherapy)としての可能性を感じ、ここで考えてみたいと思う。
アメリカの精神科医ウオルバーグ(Wolberg,L.R.)は、精神療法を次のように定義している。「精神療法とは心理的手段による、情緒的性質をもつ問題の治療であって、訓練を受けた人物が患者との間に意図的に専門関係を持って行うもので、その目標は、@症状を除去したり、軽減したり、遅延させたりする、A混乱した行動パターンを調整する、B肯定的なパーソナリティーの成長と発達を促進する、ことにある。それは再教育やガイダンスではなく、身体的治療でもない。」(成田、1999)。この定義によれば、通常、プレイバックシアターは治療を目的として契約を結ぶことはなく、また直接、症状の除去や行動の修正を目的とはしていないものの、肯定的なパーソナリティーの成長と発達を促進すること、とは関係がありそうである。また、Elkinは精神療法を「治療者と患者の相互交流を通した心理的メカニズムによって患者に何らかの変化をもたらす方法」と定義している(石坂、1999)。確かにプレイバックシアターのテラー体験で何らかの変化を感じているものは少なくない。他にも精神療法の定義はさまざまであるが、『患者と治療者という二者関係の成立を要件にして、患者の中に変化が生じる過程』とまとめられる。
本論文では、プレイバックシアターの精神療法としての可能性を考える一歩として、プレイバックシアターでテラーが何を体験し、テラーにどのような変化が生じているかを役割理論を使って明らかにする。役割理論は、サイコドラマに伴って発展してきた理論であるが、パーソナリティの成長と発達をある新しい役割の獲得や、既存の役割の増大、減少という形で表すことができる。
U 役割理論
U‐@ 役割の概念
役割の概念は、サイコドラマの創始者モレノによって確立された。モレノの定義によれば「役割とは、自分以外の人物や者が含まれる特定の状況に対して、個人が反応するある特別な瞬間に、その個人が引き受ける振舞い方、である。役割の型は、過去の経験とその個人が生活している社会の文化的パターンによって作り出される。」(フォックス、2000)
役割は以下の三つの次元を含む。@社会的役割(社会的次元) A精神身体的役割(生理的次元) Bサイコドラマ的役割(心理学的次元)。社会的役割とは、たとえば、父、娘といった家族の中での役割、先生、警察官といった職業的役割等が挙げられる。精神身体的役割としては、食べる人という役割と性的な役割がある。サイコドラマ的役割は、個人のユニークな個性に動機付けられ、その人の自発性と創造性の相互交流を通して作り上げられ、その個人に固有のものである。社会的役割とサイコドラマ的役割の関係は、「父親にも母性が、母親にも父性がある」と言う表現では、父親、母親は社会的役割、『母性』『父性』はサイコドラマ的役割である。
ある人が家庭内では母親、妻、子供であると同時に職業的には会社員である、というように一人がさまざまな社会的役割を担っている。サイコドラマの目的は、サイコドラマにおいてさまざまな社会的、精神身体的、サイコドラマ的役割を試験的に体験し、今までの自分のパターン以外の適切なサイコドラマ的役割を日常生活で発揮できるようになることである。それは、適切なサイコドラマ的役割を発達させたり、不適切なサイコドラマ的役割を減少させるということである。個人は、その瞬間に自発性と創造性を発揮して、状況にあったサイコドラマ的役割を自由に取る可能性を秘めている。
U‐A システム論的役割理論
オーストラリアのクレイトンらは、モレノの考えを発展させ、システム論的役割理論を確立した。クレイトンは、個人が発揮しているサイコドラマ的役割を発展的なもの、対処的なもの、不全的なもの、の3つに分類し記述することで個人の特徴を明らかにすることを役割分析と名付けた(1993)。更に対人関係を役割関係として分析した。社会的役割の結びつきをsocial atom、サイコドラマ的役割の結びつきをcultural atom、二つをあわせてsocial and cultural atom
と呼ぶ。サイコドラマ的役割の関係(cultural atom)は固定したものではない。ある親子の場合、social atomは、『母親』と『子供』であるが、cultural atomは、状況に応じて『厳格な為政者』と『駄々っ子』、『愛情深い母』と『成長する子』等多彩なものになる。子供の『駄々っ子』というサイコドラマ的役割に、別の母親は、また同じ母親も別の機会には、『振り回される召使』、『駄々っ子』といったサイコドラマ的役割で対応するかもしれない。サイコドラマ的役割は「個人の反応する型」であるから、『駄々っ子』という役割を子供だけでなく母親や父親、教師や生徒も発揮しうる。
サイコドラマを行うことによって、個人の特定のサイコドラマ的役割が発達したり、減少したり、新しい役割が生まれることでその人が変わると同時に、相手の役割も変化し、役割関係(social and cultural atom)が変化する。サイコドラマはこの変化を意図的に指向しており、このサイコドラマによる治癒機転をsocial and cultural atom repair workと言う。このように、役割理論は、個人の変化と人間関係の変化を同時に観察できるところに特徴がある。
U‐B プレイバックシアターと役割理論
プレイバックシアターでは、テラーはコンダクターからインタビューを受けた後、自分の語った話が舞台で演じられるのを見る。テラーは過去のストーリーを語り、そこには過去のーthere and thenのー人間関係があるわけであるが、舞台上のストーリーの進行に伴って、席に座っているテラーを含めたhere and nowの人間観関係が生じる。この人間関係の変化を役割理論によるsocial
and cultural atomの変化として記述することで、テラーの体験とテラーに生じる変化を分析していく。
U‐C 仮説の提示
プレイバックシアターの体験の前後でテラーのsocial
and cultural atomが変化する。テラーの中に生じた新しい役割は、プレイバックシアターの体験後も持続し、テラーのあり方に影響を及ぼす。
V 事例 (以下、「役割」とはサイコドラマ的役割を指す)
事例1
子供のころ、従兄弟に仲間はずれにされて寂しかったというストーリー。
ストーリーを語る前には、従兄弟との間に『孤独な孤立した子供』と『無関心な隣人』いう役割関係があった。語り、見ているときに、つらかった、寂しかったという気持ちが十分に再体験された(カタルシス)。そして現在の自分(テラー)から舞台上の自分に対して共感する『暖かい伴走者 warm companion 』という新しい役割がテラーの中に生まれると同時に舞台上の自分の中に『愛され、味方を得た』という新しい役割が生じた。実生活に戻ったときに、テラーの中に『暖かい伴走者 warm companion 』と『愛され、味方を得た』という両方の役割が芽生えた。
事例2
子供のころ、日曜日に父に遊びに連れて行ってもらったストーリー。インタビューでコンダクターに質問されて、ストーリーの中の父のことを「優しい」と語った。普段はそんなこと思ったこともなかった。日常生活に戻ってみると、父が優しくなっていた。
ストーリーを語る前には、テラーと父の間には、『小さい子供』対『厳しい大人』という役割関係があった。インタビューの中でテラーは父親が優しかったことを思い出し、舞台上で優しい父親と自分の交流の場面が展開された。舞台上のテラーと父の間には『幸せなケアされた子供』対『子供を愛する父』という役割関係が新しく生まれ、見た後には、テラーの中に『幸せなケアされた子供』という新しい役割ができた。
事例3
職場のストーリー。一生懸命がんばっているが空回りしてしまう。上司にきちんと意見を言えないまま、職場を辞めることにした。トランスフォーメーションで上司に自分のしたいこと、考えをしっかり言う、というシーンを作った。テラーは泣きながらシーンを見ていた。
ストーリーを語る前には、テラーと上司の間には、『臆病な働き者』対『傍観者』という関係があった。舞台上のトランスフォーメーションの中で、テラーズアクターは『自分のことを説明する』という新しい役割を演じた。見た後にも、テラーの中にその役割が持続した。
W 考察
W-@ 役割理論の視点から
事例1では、テラーは舞台上の自分に対し共感し暖かく接する役割(warm
companion)を発達させる。自ら(椅子席のテラー)が自ら(舞台上のテラー)に共感することで、孤独だったテラーは、もはや孤独ではない。共感し、共感されるという関係が成立している。精神療法では、患者は治療者との間に二者関係を発達させ、そこに相互交流が生じる。治療者の受容する、共感するという役割に対して、患者は受容される、共感されるという役割を発達させる。それらが十分に発達した後、二次的に受容する、共感するという役割が患者の中に発達し、自己受容のプロセスが進む。一方、プレイバックシアターでは、ストーリーを見るときに自分が自分に共感しており、このように共感する役割が一次的に発達するところが精神療法との大きな違いである。
事例2では、インタビューによって忘れていた記憶が思い出された。舞台上で、自分と父親の間に『幸せなケアされた子供』対『子供を愛する父』というテラーにとっては、新しい役割関係のストーリーが展開された。それを見ることテラーに取って情動的な体験であり、そのカタルシスの後、テラーは『幸せなケアされた子供』という役割を内在化させた。実生活に戻ってもその役割は持続しテラーの認知と行動が変化し、父親との関係が改善したと考えられる。
事例3では、トランスフォーメーションで、現実とは別の(テラーの希望する)シーンを作った。テラーはカタルシスを体験、『自分のことを説明する』という役割を内在化させ、自己肯定感が高まった。
W-A プレイバックシアターの特徴
@
本人(テラー)主体である
精神療法では、患者は治療者との間に二者関係を発達させるが、プレイバックシアターでは、テラーはコンダクターとの間よりむしろ、舞台上の自分との間に強い二者関係を発達させている。このことから、プレイバックシアターでは、精神療法に比べ、教示やアドバイスなどの治療者の価値観の混入が少ない、と考えられる。
また、テラーは自分が語りたい話を選択して語り、自己洞察と自己受容を深めていく。プレイバックシアターの担い手としてコンダクター、アクターはいるが、自己洞察と自己受容の進行のペースはテラーにゆだねられており、何をストーリーから感じ取るかは、テラーに任されている。本人のペースで気付きが進んでいく。この意味でもプレイバックシアターは他者の意図が介在、混入する危険が小さく非侵襲的、主体的技法であるといえる。そして、その条件を守るために、アクターは自分の主観を交えて演じることのないように強く指導される。
A
転移について
テラーは舞台上のテラー自身と一番強い二者関係を結んでいることから、コンダクターに対する転移は起こりにくい、と考えられる。
B
行動化、退行について
プレイバックシアターは、構造、手順がはっきりしており、リチュアルも枠組みとして機能することから、ほかの精神療法に比べ、安全に感情を体験することができると考えられる。このことから行動化、退行は少ないと考えられるが、その検証については今後の課題である。
W-B プレイバックシアターの精神療法的側面
「辛い話をわざわざ語って、更に見て、それが何になるのか」という疑問に対して、事例から以下のことが言えよう。
プレイバックシアターはプロセスが一定であることに加えて、さまざまな決まりが決められている。これを「リチュアル」という。このしっかりとした枠組みの中でテラーは安全に自分の感情を体験することができる。この感情体験に伴って、テラーのsocial and cultural atomが変化し、テラーは新しい役割を発達させる。事例1では、テラーは辛い気持ちを十分に再体験しカタルシスを得た後、自分自身に共感する役割を発達させ、それによって自らが共感、受容されるという体験をする。感情体験がなければ、この共感、受容は表面的な知的な理解に終わる可能性がある。事例2では、ただ、記憶を思い出すだけではなく、ストーリーを見ることで感情を体験し新しい役割を獲得、ストーリーの登場人物との関係が改善している。事例3では、トランスフォーメーションでカタルシスを体験した後、テラーは新しい役割を獲得し自己肯定感が高まっている。
W-C 今後の課題
ある技法が精神療法として成立するためには、その技法の目的、手続き、適応、禁忌、長所、短所、行動化、転移、退行の程度を明らかにされる必要がある。今後、プレイバックシアターでも公演やワークショップ、臨床場面での実践からそれらを明らかにしていくことが望まれる。
また臨床場面においてプレイバックシアターを行う場合、プレイバックシアターを含めた全体の治療構造がしっかりしていることが望ましい。治療構造が明確であったほうが、プレイバックシアターの効果が客観的に捉えられるだけでなく、行動化や退行が起こりにくく、また起こったときに対応しやすいだろう。
テラー体験について今後も検討を加えて行きたい。今後の課題として、肯定的な体験をしたテラー以外にも様々な場合を検討すると共に、獲得した新しい役割の汎化について確認する必要があると考える。また、テラーとコンダクター、アクター、観客の関係を役割分析することで、プレイバックシアターの非特異的なプロセスを明らかにしたい。
X 結語
プレイバックシアターにおけるテラー体験を事例を通して役割理論の視点から分析した。
本人のペースに沿った非侵襲的な精神療法となる可能性があると考えられた。
参考文献
成田義弘 1999 精神療法 『カウンセリングと精神療法』20−34 培風館
Clayton G.M.
1993 Living Pictures of the Self .
Fox J 編著 磯田雄二郎 監訳 2000 エッセンシャル・モレノ 金剛出版
石坂好樹 1999 精神療法の成立基盤あるいは構成要素 臨床精神医学講座 第15巻 『精神療法』3-17 中山書店