スクール・オブ・プレイバック・シアター卒業論文

 

 

 

ストーリーに降臨する神話 

 

2003年4月29日

松本 功

 

 

 

ストーリーに降臨する神話 

 

目次

 

T.はじめに

 

U.セッションの構造

 

V.ストーリーの共鳴

 

W.結果

 

X.考察

 

Y.おわりに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

T.はじめに

 それは深いためいきから始まった。あるプレイバックシアターのワークショップの中で、一人の人のストーリーを神話的レベルから語り直しをしあうワークをした時、元の話をしてくれた人の深い驚きの眼差しと、語り直しをした私自身に深いため息が生じ、しばらく止む事がなかった。このトランス状態に入った不思議な感覚は、その時のグループ全体にも拡がっていて、味わった事のない感動だった。一体何が起こったのだろう、どこから来るのだろう、という謎が本研究の最初の動機である。さらに、自分の見た不可思議な夢のストーリーをプレバックシアターで見させてもらった時、「そう、そうだったのか!」と、夢の意味が一挙に腑に落ちたという経験を味わった事も大きい。つまり、夢という神話的・元型的なストーリーから逆に、その時抱いていた私の無意識の感情・願望、生活状況、その時に参加していたグループメンバーに対するソシオメトリーが一挙に見えたのだ。ジョー・サラが「ストーリーの内容とその背景は互いに共鳴し、影響し合います」「語り手の体験の中に絡み合う様々な意味を見いだし、それらをストーリーというかたちに変えていくのがプレイバック・シアターの中心となるプロセス」4)と述べている。ジョナサン・フォックスはストーリーとストーリーとのつながりを「赤い糸」と呼んでいる5)

 ここでは、H13.9.5より毎月2回、約1年半、私がコンダクターをしてきたデイ・ケアでのプレイバックシアターで、メンバーによって語られたストーリーを、語られた場との「共鳴」、「赤い糸」を手繰りつつ読み解く作業を通して、ストーリーに降臨する神話を解読してみたい。

 

U.セッションの構造

1.目的:@プレイバックシアターを楽しむ。Aプレイバックシアターを通して、自分の気づき・発見、こころのつながり・癒し、人生に活力を与えることをめざす。

2.対象:松岡病院(単科精神病院)のデイケアに通う外来患者(精神障害者)で参加は自由、メンバーの疲れやすさを配慮して見学参加も可。ワークショップスタイル。約10名。

3.時間:毎月2回、第1,3水曜日。Pm1:30pm3:00(プログラム名「松本Drアワー」)。

4.場所:デイケア

5.スタッフ:コンダクター松本、他2名。

6.セッションの流れ:

1)ウォーミングアップ;ストレッチ、ゲームなど。

2)動く彫刻、ペアーズ

3)ストーリー

4)感想、アンケート;ストーリー、セッションの感想、書面によるアンケート。

5)茶話会;約30分。

6)アフターミーティング(スタッフのみ);グループおよび各メンバーのプロセスをレビュー

 

V.ストーリーの共鳴

以下のように、ストーリーを中心に拡がる各レベルでのストーリーの共鳴を検討した。

@ストーリー:

A個人の心理的次元・発達課題

E.H.エリクソンのライフサイクル理論3)をもとに検討した。E.H.エリクソンは、自我とその働きを社会、文化、歴史的状況の諸条件との相互作用の中で把握して行く精神社会的な方法論を展開し人間の生涯を8つの階層に区分した。その中で、健康な人格形成のために必要な発達課題を人生周期の各段階に対応して以下の様に8つ提示した。各々の発達課題が達成される中で、virtue活力が獲得されるとする。

 

発達段階

 

発達課題

活力

T

乳児期

0〜1歳

基本的信頼対不信

希望

U

幼児前期

1〜3歳

自律性対恥・疑惑

意志

V

幼児後期

3〜6歳

自主性対罪悪感

目的

W

学童期

6〜12歳

勤勉性対劣等感

適格

X

青年期

12〜22歳

同一性対同一性の混乱

忠誠

Y

成人前期

22〜30歳

親密対孤立

Z

成人期

30〜60歳

生殖性対停滞性

世話

[

老年期

65歳以降

統合対絶望

英知

 

B今・ここでのグループのプロセス:

「なぜこのストーリーなのか、なぜ今ここで語られるのか」4)を検討した。

C社会・政治的次元の共鳴

D神話的・元型的モチーフ:

C.G.ユングによれば元型について「個人的な性質を持った意識的な心の部分とは別に、心には第2のシステムがあって、これは集合的で非個人的な性質を持っており、全ての個人においても同一である。この集合的無意識は個々人において発達するのではなく、遺伝していくのである。それは存在に先んじる形式でいくつもの元型から成り立っている。神話学ではその形式をモチーフと呼んでいる。」2) 神話について、J.キャンベルは「神話は人間の内に潜んでいる精神的な可能性の隠喩」「私たちの生命に活気を注いでいる力と同じものが世界の生命にも活気を与えている。」6) と述べ、レヴィ=ストロース「神話は、人間と動物がまだ区別されていなかった頃の物語」「その精神はデカルトの方法の対極にあるもので、困難を分割することを拒否する精神であり、部分的な解答では決して満足せず、現象界全体のトータルな説明を要する精神である。」8)  と述べる。要約するならば、神話とは、個人を超えた普遍的・潜在的・全体的な精神・生命・経験と言えよう。ジョー・サラは「私達は個人的に経験したある特定の事柄によっても通じ合いますが、それよりも感情や心の根底に流れているものによってつながっています。」「より大きなストーリー」4)と述べているが、「根底に流れるもの」「より大きなストーリー」が神話であると思う。

 

W.結果

 ストーリーとその背景の共鳴する様子を、第1回、5回、9回、24回、30回のセッションで例示する。

〔第1回〕

ストーリーテラー:FH,51歳、男性

ストーリー:「デイケアでやっている絵手紙が出来て良かった(タブロー)。」

まず、私がここでのプレイバックシアターの目的や方法を説明した。プレイバックシアター、「あなたへのプレゼント」と副題を付けた。つまり、あなたの中にある気持ちやお話を即興で劇にして、お話ししてくれた人にプレゼントして分かち合う、というのがその趣旨であると説明した。参加者は、外来患者でデイケアに通うメンバー10名と私を含めたスタッフ3名。

 第1回で、ストーリーまでには至らず、お話をタブローにして表現した。FH氏は、20歳代に発病した統合失調症の患者さん。長い入院生活を経て、現在はグループホームに入所していて、連日デイケアに通っている。そのプログラムのひとつの「絵手紙」を描く活動にも参加している。その様子を話してくれた。まじめに休むことなく通うが、グループ活動では退屈するとよく居眠りをする。その彼が、今回のセッション中は居眠りする事もなく、セッションの感想では「難しかったけど、良かった」と述べてくれた。つまり、1時間半のグループに参加し続けることが出来た。この経験は、エリクソンの発達課題の特に「勤勉性対劣等感」の部分を促進したと考えられる。そして目的を達した事による活力を得たと考えた。更に彼個人を超えたテーマは、社会的・政治的にはグループのスタート、入園・入学・入社といった事柄につながると考えた。既に様式化された団体・組織に所属し、そこでの活動・交流を通して新たな経験や学びをし、成長し個人・社会の目的の実現を遂げていくわけである。更に神話的・元型的レベルへと掘り下げるならば、「困難の克服」「新たなスタート」の儀式といったモチーフが浮かぶ。もう一つは、「絵手紙」の意味である。これは、手紙・はがきに差出人が簡単な絵を描いて人に思いを送る(贈る)のである。手紙・はがきという様式化された伝達形式に絵という絵心を加えたものとなっている。すなわち芸術性が加味されている。このことは、お話を単に言葉だけではなく即興劇という芸術を用いて分かち合うというプレイバックシアターの精神・目的を喩えている様で味わい深い。個人のストーリーに、個人を超えた精神が息づいている。いわば「伝令神」「芸術神」が降りてきている。これは「プレイバックシアターの精神」でもある。ストーリーの内容とその背景が互いに共鳴し、影響し合っていることが見え・感じられてくると、プレイバックシアターにおける何気ないストーリーは、啓示的な意味を帯びている事が分かって、驚くのである。

 

 〔第5回〕

ストーリーテラー1:FH,43歳、女性。

ストーリー1:「成人式・美容院で着物を着て日本髪にした。高校時代の友人とカラオケに行く。」

ストーリーテラー2:FH、男性。

ストーリー2:「19,20歳の正月、父母と一緒に過ごして善光寺参りをした。」

 メンバー10名、スタッフ3名。この日は天気が良く、前半は屋外、つまり病院近くを流れる川の岸に作られた公園でゲームや動く彫刻をした。その後、室内に戻ってストーリーをした。

 一人目は、女性FHであった。統合失調症で入退院を繰り返していて、現在は外来に通院しているが、過活動で調子が高い状態であった。病気の再発が懸念される状態であった。そして、世界はH13.9.11のニューヨークでテロがあっていまだに世界中が震撼させられている時であった。動く彫刻で、そのことと対比して日本は平和だなー、という思いを話していた。青空で心地よい空気を吸い込む様な彫刻が見られた。感想で「20才の頃に戻りたい」と述べた。

 ストーリーでは、晴れがましい成人式の様子、一緒に成人を迎えた級友とのカラオケで楽しんだ様子を語ってくれた。彼女の中で、その晴れがましい儀式の気持ちが今日の快晴の天気と時を隔ててシンクロナイズしたに違いない。一方、テロの悲惨さは彼女の闘病生活の現実を喩えている様で、彼女の心の病気と健康という対立と共鳴していると思われた。つまり、ストーリーには、今の現実は悲惨であり、健康であった(平和であった)20才の頃に戻りたいという願いが込められていた。プレイバックシアターでその願いを、今、この瞬間叶えられたと言えよう。平和、健康感が一時取り戻され、癒しの時間になった。すなわち、連続した自己を取り戻す(連続性のある自分、同時代の仲間との一体感、日本人としての同一化)ことを促進したということで、ストーリーは自己同一性対自己拡散の発達課題に貢献したと言えよう。

ここでは彼女の内心と世界の状況が影響し合っている。更に言うならば、自然とも影響し合っている。神話的モチーフとしては、成人式というイニシエーションの儀式、第2の誕生、再生、自然の治癒力といったものが彷彿してくる。降りてきている神々は、平和の神であり、第2の誕生を孕む聖母がイメージされる。

 この日は、男性FHというもう一人のメンバーのストーリーがあった。第1回目と同じテラーである。現在、グループホームにて生活しており、家族(父母は既に他界し兄が家を継いでいる)とは離れた暮らしをしている。家族と共に過ごせるのは、正月とお盆に外泊が出来るだけである。この前に語った女性FHのストーリーとは、20才の頃の思い出、成人式という儀式、新年のお参りという儀式という「赤い糸」のつながりが見られる。動く彫刻では「何度もアクションをしてすっきりした」という気持ちを述べた。これは快晴の天気、新年の浄らかさと共鳴しているし、カタルシスを得たこの日の積極性につながっていると思われる。そして家族との絆・愛を取り戻すこと、つまり「親密対孤立」という発達課題に本セッションは貢献したと言えよう。神話的モチーフは、聖家族、浄化。

 

〔第9回〕

ストーリーテラー1:SY、51歳、女性

ストーリー1:「正月にこたつで両親と話せて良かった。」

ストーリーテラー2:IM、38歳、女性

ストーリー2:「買い物に行って、通りすがりの人が「ワ」になっていることが分かった。」

正月明け、新年初めてのセッション。メンバー11人、スタッフ3名、新Drも参加。

女性SYはグループホーム入所中。正月に外泊して両親と共に過ごしてきた。その懐かしくも暖かな気持ちがストーリーの中の「こたつ」に現れている。シャイで口数少ない彼女が、プレイバック・シアターのテラーとして話せた事実も共鳴しているようなストーリーである。孤独になりがちな彼女が親密な時間を過ごせた意義がこのセッションにあったとして、親密対孤立の発達課題に貢献したと言えよう。神話的モチーフは、帰郷、回帰、

新生。暖かさの神、祖霊との出会いがイメージされる。

 この日、もう一人のテラー、女性IMのストーリーについて。まだ、いわゆる幻覚・妄想状態の再燃が時々見られる統合失調症のメンバーであり、語られたストーリーも妄想的内容であった。他人が「ワ」になっているとは、他人が「輪」になって親密なグループを形成していて、自分は疎外感を味わっているといった内容である。前のSYのストーリーとは、家族や仲間との親密さの陰の証言として「赤い糸」がつながっている。しかし、自分のストーリーが演じられた後の感想では、「やっぱりおかしいわ!」と述べている。これはコンダクターにも予期しなかった驚きであった。妄想的内容のストーリーでも尊重してありのままに演じる、当たり前の事だがそれでいいのだな、と私自身、自信を深めたストーリーであった。世界に対する不信な認識を修正した点で、発達課題「基本的信頼対不信」に本セッションは貢献したと言えよう。神話的テーマは、異界、魔法。魔法使いのワザがイメージされる。

 

〔第24回〕

ストーリーテラー:KA、22歳、女性。

ストーリー:「ホテルで、誕生パーティしてもらって楽しかった。」

参加メンバー8人、スタッフ3名。

クリスマスを前に、部屋にはクリスマスツリーなどの飾り付けがしてあった。ストーリーのテラーは22才の独身女性。恥ずかしさ・緊張があって、セッションの最初は見学し、途中からグループに入ってきた。ストーリーは、誕生パーティを家族にホテルで特別してもらったというもの。彼女にとって、テラーになって話し演じてもらう事は特別な事だったに違いない。そしてグループに入る事、テラーとして話す事、何度も勇気が要ったに違いない。そんな困難を克服した特別な自分を祝福してもらった喜びがあふれていた。「自律性対恥・疑惑」「親密対孤立」の課題を乗り越える経験になったと思う。祝福の神が降りた時間であったと思う。

 

〔第30回〕

ストーリーテラー:T(スタッフ)、60歳、女性

ストーリー:「小学校5年、担任の先生がつまらない授業を辞めて、空いている音楽室で、合奏をクラスでした。そのことがラジオ局で録音された。」

第1回から関わっていたスタッフが退職する事になり、お別れに彼女のストーリーをメンバーが演じた。還暦を迎えた年配の彼女にとってメンバーは子供或いは孫の様な年齢である。プレイバックシアターのグループの思い出は、ストーリーに語られるような「先生と生徒が音楽を作り、発表して喜ぶ」ものだったに違いない。世代を超えて大事な事を伝えて行くこと、世代を超えた一体感をメッセージしている。それは「生殖性対停滞性」といった発達課題でもある。教育・次世代への継承の姿を伝えている。神話的テーマは、音楽、ユニオン。

 

以下、各セッションのストーリーとその共鳴をまとめると下表の様になる。(PT=プレイバックシアター)

 

日時

テラー

年齢

ストーリー

個人・心理的次元。(発達課題)

今・ここで

社会的・政治的

神話的・元型的モチーフ。

宿る神々

1

H13.9.5

FH

51

デイケアでやっている絵手紙が出来て良かった(タブロー)。

難しかったが、良かった。グループホーム入居中、昼間はデイケア中心の生活。(勤勉性対劣等感)

第1回目・PTの導入。これまでのデイケアのプログラムでは居眠りする事が多かったのが、その暇もなかった

節目。入学・入園・入社。不安と期待。

 

困難・危機の克服。退屈な毎日の中で、新しい事が出来た。新たなスタート。絵、表現、伝えるという事

伝令神。芸術神。

2

H13.9.19

特にストーリーなし

 

 

動く彫刻とペアーズが中心

 

新しい人や見学者が多くグループ作りが中心。

オリエンテーション。

準備、モラトリアム。

カオス

3

H13.10.3

MF

28

 

 

オリンピックで、マラソンの高橋尚子の優勝のゴールした時のインタビューをテレビで見ていた。

長い闘病生活。(生産性・勤勉性対劣等感)

初参加。勇気を持って話した。人の経験を見るPTに参加している。

テレビを通して話題を共有。日本人の世界での活躍は人々に勇気を与える。

やり抜いた感動。英雄。目標の達成感。劇を見る事による感動。

勝利の女神。英雄神。

4

H13.10.17

TT

29

眠れるようになって良かった。

不眠に悩む毎日。(自律性対恥・疑惑)

楽しめる時間。自分を表現した。

障害者。眠れない夜の辛さ。

悪いものとの闘い。健康の回復

医神。

5

H13.11.7

FH

43

成人式・美容院で着物を着て日本髪にした。高校時代の友人とカラオケに行く。

ハイ・テンションで「テロがある中、日本は平和」と動く彫刻での話。20才の頃に戻りたい。(同一性対同一性の混乱)

天気が良く、屋外でPT

イニシエーションの儀式。テロと平和。

晴れがましさ、お祝い。再生。

平和の神。聖母

 

 

FH

51

19,20歳の正月、父母と一緒に過ごして善光寺参りをした。

父母は他界