スクール・オブ・プレイバックシアター

リーダーシップ課題 卒業論文

 

 

 

プレイバックシアターと作業療法

−作業療法教育におけるプレイバックシアターの可能性−

 

 

 

 

提出日:20061016

提出者:3期生 小森亜紀

 

 

 

−目次−

 

T.はじめに

 

U.作業療法とは

 

V.作業療法教育について

1.作業療法士養成校カリキュラムの概要

2.作業療法士に必要とされる技術

3.人間性・組織性教育の実際

 

W.作業療法教育における現状の問題点

1.実際に生じる問題点

2.学生と社会的背景

3.人間性・組織性教育見直しの必要性

 

X.プレイバックシアターと作業療法の共通点

1.全ての役割に共通の能力

2.コンダクターに必要とされる能力

3.アクターに必要とされる能力

4.ミュージシャンに必要とされる能力

 

Y.作業療法教育におけるプレイバックシアターの可能性

1.基本的な人間性・組織性を学習する手段として

2.臨床実習前後の教育として

3.チームワークを学ぶ手段として

4.セラピストである自分のメインテナンスとして

 

Z.おわりに

T.はじめに

 

 筆者は,4年間作業療法士として総合病院で働いてきた.また,作業療法士養成校に通う4年の内,後半2年間,そして就職後4年間,計6年間をプレイバックシアターのカンパニーメンバーとして活動してきた.作業療法士として日々働く中で,自分がプレイバックシアターに関わりテラーの話しを聞くとき,演じるとき,ミュージシャンとして音を奏でるときと同じ作業を,自分の頭の中で,あるいは行動として行っていると感じる場面が多々あった.

 そのような自分の経験から,プレイバックシアターに携わる者と作業療法士とは,必要とされる能力に共通する部分があるのではないかと考えた.本稿では,互いの共通点を明らかにし,プレイバックシアターが作業療法教育に貢献し得る点について今後の可能性を考察する.

 

 

U.作業療法とは

 

日本作業療法士協会によると,作業療法は「身体又は精神に障害のある者,またはそれが予測される者に対し,その主体的な活動の獲得を図るため,諸機能の回復,維持及び開発を促す作業活動を用いて治療・指導・援助を行うこと」1)と定義されている.作業療法はリハビリテーションの一分野であるが,その主な特徴として,治療手段に作業活動を用いることが挙げられる.作業活動とは,人びとの日々の生活を構成している様々な活動を含む.食事,更衣などの生活活動,革細工,木工などの手工芸,スポーツや体操などの身体運動活動,コンピューター,交通機関の利用などの仕事・学習活動などである.作業療法は保健,医療,福祉,教育,職業関連の領域で実施され,身体障害,精神障害,発達障害,老年期障害など複数の分野にわたる障害を対象としている.
 上記のように,作業療法の領域は多岐にまたがり,手段もまた多様である.筆者が勤務していた施設は総合病院であり,リハビリテーション科がその一部門として設けられていた.筆者はその中で身体障害を対象とした作業療法に携わり,患者と共に運動機能や日常生活動作,趣味活動などのリハビリテーションを行っていた.多くの作業療法室でそうであるように,1日を通して沢山の患者が訪れる.作業療法室では,複数の作業療法士がそれぞれ担当する患者達が同時に訓練を行い,その横でまた別の患者が訓練の順番を待っている光景が日常である.自分の担当する患者が作業療法室内に何人か存在していることも少なくない.各作業療法士はそのような状況で,それぞれの患者と会話,評価,訓練をしてゆく必要がある.

 

 

V.作業療法教育について

 

1.作業療法士養成校カリキュラムの概要

現在,作業療法士協会が定めるカリキュラムに則り,多くの作業療法士養成校がそれに従った授業科目を展開し,生徒に提供している.養成校には3年制と4年制があり,学生はその中の限られた時間で多くの知識と技術を習得しなければならない.カリキュラムは,人間の包括的理解のための「基礎分野」14単位,人体の構造・疾病や障害・保健医療福祉の理念について学ぶための「専門基礎分野」26単位,作業療法の専門的な知識や技術(臨床実習を含む)を学ぶための「専門分野」53単位,合計93単位で構成されている.

 カリキュラムに含まれる授業科目の多くは講義形式で行われる.そして「専門分野」に含まれる身体機能の検査技法や手工芸などの作業活動は,実習として学習する.そして学内での学習の多くを終えると最終学年での臨床実習を迎えることになる.臨床実習の目的は,これまで学内で学んできた知識や技術を実際の対象者に対して臨床場面で実践し,知識や技術の再確認や修正を行うこと,職業人としての基本的な姿勢を学ぶことである.そして国家試験に合格すると作業療法士として働くことが可能になる.

 

2.作業療法士に必要とされる技術

それでは,実際に作業療法士として働くために獲得しなければならない技術はどのようなものであろうか.まず,対象者との関係について考えると,治療を行うための専門的な知識や技術,対象者とのコミュニケーションや信頼関係を築く能力が大切である.それに加え,病院や施設などの組織の中で対象者に関わる他の医療職の人々と適切なコミュニケーションをとり,協力しながら働くことができる必要がある.

太田は,「個人・集団変容援助技術」としての作業療法技術を構成する要素として,「組織性」「専門性」「人間性」の3つを挙げている.「組織性」とは,組織活動や職場の問題・課題解決,コミュニケーション,チームワークとリーダーシップ等に関すること,「専門性」とは「保健・医療・福祉に従事する共通した専門性」と「専門職固有の専門性(作業療法の専門性)」としての知識や技能である.「人間性」は通常含めないが,OT(筆者注:作業療法士)はその援助技術の一手段として自分自身を利用するから「人間性」の研鑽を含むべき,と述べている.2)

また,矢谷と濱口はOTに求められる特性の基盤として,次の三つの項目を挙げている.(1)等しく人,個人の人権を言動で尊重できること.

(2)“人間”自己,他者の理解と受容に努めることができること.

(3)作業,活動の創造,表現,物づくりの喜びを自己体験できていること.

そして,偏りなく相手の課題に共に取り組もうとし,人間の弱さ強さを自己も他者も共に認め,作業療法を十分に生かそうと努力できることが必要であると述べている.3

 専門性は知識や技術として形ある確かなものであり,人によりどの程度の専門性を有しているかの差異も測りやすい.しかし人間性や組織性はその人の言動から相手が感じるものであり,目に見えず流動的なものである.しかしながら,作業療法ではそのような人間性,組織性が技術として重視されている.

 

3.人間性・組織性教育の実際

ここでカリキュラムを振り返ると,「専門基礎分野」と「専門分野」の教科学習は太田の挙げた「専門性」にあたると考えられる.医療職としての専門的な知識と技術を学ぶ教科である.そして「人間性」と「組織性」を学ぶのが,「基礎分野」となる.

日本作業療法士協会は「作業療法士教育の最低基準」の中で,「基礎分野」の目的として「人間の包括的理解のための基礎的領域として生物・心理・社会的な枠組みを持つ」ことを挙げ,1)コミュニケーション能力,2)科学的論理的思考,問題解決,創造力,3)倫理・社会的側面,4)国際化および情報化社会に対応できる能力,について教育を行うよう定めている.さらにそれを実践するカリキュラムの例として,生命科学・心理学・倫理学・歴史学・スポーツ・統計学・語学等を挙げている.4)

 このように作業療法士養成のカリキュラムには,作業療法士として「働く」ことができる人材を育成するため@人間を理解する為の教育A専門的な知識と技術の教育Bそれまで学んだ知識と技術の実践と見直しの機会である臨床実習,というステップが用意されている.

 

 

W.作業療法教育における現状の問題点

 

 作業療法教育において,「専門性」「人間性」「組織性」の教育は十分であろうか.専門性の教育に関する問題点は他の専門書に譲るとして,ここでは人間性と組織性に関わる問題について論じたいと思う.

1.実際に生じる問題点

 前述したようなカリキュラムが用意されているにも関わらず,臨床実習の段階に入ると様々な問題が生じてくる場合が多い.その具体例を下に挙げてみる.

@    対象者との関係で生じる問題

自信のなさが態度に出て対象者を不安な気持ちにさせる.

    初回面接で経済状況や家庭の事情などの込み入ったことを聞き,対象者を不快な気持ちにさせる.

    対象者の疲労や気持ちを無視して自分の課題を実行しようとする.

    面接の際,なんとなく患者の話を聞いているだけで効果的な情報収集ができない.

    その日行うことについて説明することができない.

    説明もなく急に患者の身体に触れたり動かしたりする.

A    実習指導者との関係で生じる問題

    自分ができたこと,できなかったことなどについて必要な報告ができない.

    必要なときに相談ができない.

 

2.学生と社会的背景

臨床実習では,学生の不足部分に対して指導者が介入することで学生は自分に何が足りないかを自覚し,それを補うためにはどうしたら良いのかを考え,次にその部分を改善する,というようにステップアップをしてゆく.上にも挙げたような問題は,学生の人間性や組織性が未熟であるがゆえに生じると考えられる.未熟であるがゆえに,対象者や同じ職場で働く人々の立場に立って考えられないから生じるのである.もちろん,学生は未熟であることが前提であり,職業人として少しでも成熟するために実習を行う.指導者も学生が未熟な点について理解はしていると考えられるが,各学校で開催される実習指導者会議では学生の行動面での問題について語られることが多くなっているようである.つまり,指導者から見れば当然と思われるとるべき行動がとれない,指導者の指導にも関わらず改善が困難,といったことである.指導者達をそう言わしめる要因として,昨今の社会的背景が影響していると考えられる.かつて隣近所との結びつきが非常に強く,様々な年代の人々が互いに交流する機会の多かった時代には,人間関係能力が自然と獲得されていたかもしれない.しかし,人々のライフスタイルや家庭環境が多様になり,その上核家族化・コミュニティー意識の低下により直接的なコミュニケーションが少なくなった現在では,これらのことを専門教育に行き着くまでに学ぶことが困難になっていると考えられる.現在,そのような環境で育った世代が養成校の学生となり,作業療法士となるために学んでいる.そして今後,この傾向はますます強くなってゆくものと考えられる.

 

3.人間性・組織性教育見直しの必要性

学習すべき多くの科目の中で,人間性や組織性の習得に割くことができる時間は限られている.岩崎は作業療法士に必要な資質と適正の習得について次のように述べている.

 作業療法士に必要な資質と適正は,対人サービスを行う上での認知領域,情意領域,精神運動領域に大きな偏りがないことである.これは教育目標でもある.この3領域で入学後に身につけられるものは何であろう.入学後に学習する膨大な知識量を考えると先ず基礎学力の高さが必要になる.自分自身と他者の身体を自由に動かし,道具や機器を操るには運動技能と器用さが要る.良い対人関係を築くには人の感情への気づきと思いやりが要る.何れも入学後に身につけるには限りがある.5)

 これまではおそらく,人間性や組織性は一人の大人として専門教育前に獲得していることを前提として考えられていた.これらのことは適性や常識とされ,教育の対象とはならなかった.けれども,上記のように学生の質に変化が生じてきており,作業療法士にとって必要な人間性・組織性の教育を見直す必要が出てきているのではないだろうか.

 太田は,作業療法士の人間的研鑽について次のように述べている.

 職能団体や職場がその人間性の領域に関わることの是非については,多様な意見があろう.また,その習熟度等は評価ができる事柄でもない.しかし,それぞれのOTが提供する作業療法(個人の作業療法技術)において,その個人の人間性が大きく関与していることは事実である.また,職員指導において指導困難事例も人間性や個性に起因することが多く,途方にくれている場合があるのも事実である.人間性に関する研修プログラムの基本的考え方と方法,これが筆者に与えられた次の課題である2)

 現在,人間性や組織性を考えて心理学等の授業がカリキュラムに組まれていると考えられる.しかし,現在生じている問題を考えると,まず必要なのはより基本的で実践的な人間性・組織性についての教育なのではないだろうか.

 


X.プレイバックシアターと作業療法の共通点

 

プレイバックシアターと作業療法はそもそも目的が異なっているが,両者共に対人的

な技法である.プレイバックシアターではテラーや観客と,作業療法では患者や施設の利用者と関わり合う.両者共に関わる人を大切に扱い,人々の変容の過程に立ち会う.社会的背景をも含めた個人への尊重の態度や共感の姿勢は両者共に必要とされる.筆者がプレイバックシアターは作業療法教育に役立つと考えたのは,両者で必要とされる人間性や組織性に共通点を感じたためである.ここでは,プレイバックシアターで主に人間性や組織性が発揮される場面を挙げ,作業療法場面との共通点について述べる.下記に,プレイバックシアターの各役割(コンダクター,アクター,ミュージシャン)で必要とされる能力を挙げ,それが作業療法場面とどのように関係しているかを述べる。

 

1.全ての役割に共通の能力

 @共感する

  プレイバックシアターでは見ず知らずの他人のストーリーを演じることが多い.それ

でも,コンダクター,アクター,ミュージシャンはテラーの話を精一杯演じるために必

死で聴き,心から理解しようとする.テラーの話に共感することが非常に困難な場合,効果的に話を引き出したり,演じたり,演奏することができないだろう.その結果,テラーが満足するステージをつくることはできなくなる.何故なら,プレイバックシアターではテラーの主観的真実を演じるからである6).客観的事実を分析するのではなく,その人にとってどんな体験だったのかを受け入れることで,テラーも理解されたと感じる.作業療法では心身機能やその人を取り巻く環境を理解する上で客観的な視点が非常に重要となる.しかしながら,対象者のQuality of Lifeを考えるならば,その主観的な体験を理解し共感することは重要である.また,対象者に対する共感なしでは対象者にとって良い治療を行うことは困難であろう.また,対象者の話を親身に聴くことで信頼関係も築かれ,対象者には理解されたという安心感を提供することもできるだろう.

 

Aストーリーのエッセンスを汲み取る

プレイバックシアターにおいて,ストーリーのエッセンスを捉えることができなければ効果的なステージを作ることは困難である.テラーの話しを聴き,そこからテラーが一番伝えたいことは何なのか,それを探って行く作業である.また,作業療法においても主訴を始めとして対象者が最も訴えたいことを捉えられなければ効果的な治療プランを立てることは困難である.両者とも,対象者の個人的,社会的背景を理解し,必要な情報を得て,その上で最も相手にとって重要なことは何かを判断する能力が求められる.

 

Bチームワークの中で活動する

  プレイバックシアターのカンパニーは,コンダクター,アクター(複数名),ミュージ

シャンといった互いに異なる役割を持つ複数名の人で成り立っている.カンパニーのメ

ンバーは,チームとしての共通の目標(ストーリーを演じる,公演を行う,社会変容な

ど)を達成するため,互いに協力することが求められる.作業療法士も患者を中心とし

たリハビリテーションチームの一員としてチーム共通の目標を果たすため,異なる専門

性を持つ医療スタッフとのチームワークをとりながら働いてゆくことが求められる.

 

2.コンダクターに必要とされる能力

@言葉を効果的に用いる

 コンダクターと観客,テラーとの間には多くの言語的コミュニケーションが存在する.

分かりやすい言葉を使い,適切な速さや声の高さを使って話しかける必要がある.また,プレイバックシアターやその中で使われる手法について,必要があれば簡単に説明をしなければならない.コンダクターは観客やテラーの様子をみながら,一番適した表現をその時々に選び取る.相手や状況によって,少し格式ばった表現が良いか,やわらかく簡単な言い回しが良いか,淡々と話したほうが良いか,詩的にドラマティックな言葉をつかうのが良いのかなどを判断し,それを自由に言葉として表出する.一方,作業療法でも対象者との会話にあたり,相手の年齢,性格,気分などに合わせて表現や言葉遣いを選ぶこと,治療内容や評価結果について分かりやすく説明をすることが必要となる.

 

A限られた時間で話をひき出す

プレイバックシアターのインタビューは,大抵の場合数分間で終わる.インタビュー

が長くなるとアクターやミュージシャンは集中力を失い,観客は退屈するからである6).そのためコンダクターは,テラーに対して受容的な気持ちを持ちつつも,インタビューをできるだけ短い時間で成功させることを考えている.話の始まり,山場,終わり,鍵となる人物や出来事は何なのかということを常に頭の中に置きながら,要所要所で適切な質問を投げかけることでインタビューを先へと進めてゆく.また,たとえテラーが話している途中であっても嫌な気持ちにさせないように介入すること,時間管理を行うことも必要となる.作業療法でも対象者に対してまず面接をし,対象者の困っていることや日常生活の状況などを捉える.長く話すほど多くの情報が出てくるかもしれないが,一人の対象者と接することができる時間は限られている.そして面接は治療のために行うものであってそれ自体が目的ではない.障害を負い大変な状況にある対象者の中には話したいことを沢山抱えている人も多い.しかし治療へとスムーズに進めてゆくためには,話をしている時間を長引かせない技術も必要である.

  

B存在感を保つ

公演の司会を務めるコンダクターは,アクターやミュージシャンにも増して自分の存

在感を意識する必要がある.どんな状況でも堂々とし,観客の誰かが疎外感を味わうことがないよう客席全体に目を配る.もしコンダクターが不安げに舞台に立っていたら,観客も不安を感じるだろう.また,そのような状況でそのコンダクターに対して自分の大切な話をしたいと思う人は少ないだろう.作業療法でも,対象者に不安を与えないよう,自信を持った態度で接する必要がある.また,特に同時に複数の対象者が作業療法室に在室する場合,声をかけたり視線を向けることでセラピストが対象者各々の存在を常に気にかけていることを示すのは重要なことである.対象者はケアをされるという受動的で弱い立場にいると同時に,障害を持ち自分で思うように動くことができない場合も多い.そのような状況では,ケアをする人がケアをされる側の存在をきちんと認識していることが,対象者が安心してそこにいられる条件と考えられる.

 

Cテラーと良い関係を作る

  テラーが自分の座っていた席を離れ,テラー席に座る.そこから,テラーとコンダク

ターの関係が始まる.宗像は,テラーとコンダクターの関係を二人三脚に例えている.

テラーは舞台の上で観客の視線を感じて緊張している.そのような状態から,安心して

個人的な話ができる雰囲気を少しずつ作っていくのである6).コンダクターはそのテラ

ーが居心地良くテラー席に座っていられるにはどのように接したら良いかを考え行動す

る.自分の年齢や性別,雰囲気が相手にどんな印象を抱かせるかということも意識する

必要があるだろう.例えば,初老の威厳ある雰囲気の男性コンダクターの隣に座るのと,

10代の若い女性コンダクターの横に座るのとでは,テラーの気持ちも違うかもしれない.

テラーの様子から,安心させるように優しく親しげに寄り添った方が良いのか,少し距

離を置いて相手を尊敬するように接した方が良いのかなどを判断する.またいずれの場

合にも,コンダクターがテラーの話に最後まで寄り添う気持ちと意志を強くもっている

ことは,テラーとの関係を作る上で大切なことである.作業療法の現場でも,対象者と

セラピストという二人の関係性はある日から突然始まる.最初の段階では,患者の身体

障害や精神障害の評価を行うという目的があるが,その前に必要となるのが関係作りで

ある.作業療法では,対象者の個人的な話を聞くことや,身体に触れることが多い.ま

た,障害を負い複雑な心境にある中でリハビリが始まる場合も沢山ある.そのため,ス

ムーズに作業療法を進めて行くためには信頼関係を築くことが特に重要である.その対

象者が居心地よく過ごすため,一緒に訓練をやっていこうという気持ちになるために,

自分がどんな風にあれば良いかを考えて接する必要がある.

 

 Dテラーをガイドする

  コンダクターはテラーに対してガイドの役割も持つ.決して「こうしなさい」と指示

するわけではないが,テラーに寄り添い,話を先へ進めることができるように道筋を提

示する.それは適切な質問を投げかけることや,ストーリーが横道へそれそうな場合に

はテラーの話を一時中断させることによって実践される.テラーに対し受容的な態度で

いると同時に,全てをテラーに任せきっているわけではなく,方向付けをしてテラーが

話を前へ進めることができるように支援するのである.作業療法でも,治療場面では対

象者が適切な方法で訓練を行えているかなどに注意を払い,もし間違っている部分があ

れば対象者に対して否定的な雰囲気にならないように修正する.それにより,セラピス

トは対象者が今の状態から次の段階へ進む手助けをする.

 

3.アクターに必要とされる能力

@変化する周囲の状況に適した行動をとる

アクターは,コンダクターが「見てみましょう」と言った瞬間からそのストーリーを

演じ終わるまでの間,常に他のアクターの動きや声,ミュージシャンが作り出す音,場面進行のテンポ等に注意を払って敏感に察知し,それを踏まえた上で自分がどう行動するかを瞬時に判断し実行する.作業療法場面でも,作業療法士はその時自分が行っていること以外に注意を向けていなければならない状況が多い.一人の対象者と関わりながらも,順番を待っている他の対象者の様子,他のセラピストの行動,時間経過等を常に察知し,その場に適した行動をとる.また,自分の予測や期待とは異なる事態が起きてもその場でなんとか折り合いを付けるという点でも両者は共通している.例えばプレイバックシアターでは,各アクターが異なる場面展開を想定して演技を始めることも往々にして存在する.そのような時には自分の構想を全て捨て去り,その場に適応して演じ続けなければならない.作業療法でも予定外の対象者の来室や,突然体調が悪くなった対象者に対する対応など,その場で状況対応しなければならない事態が発生することが多々ある.

 

Aオファーとアクセプトのやりとりをする

アクター同士のオファーとアクセプトは,数分間の中で劇を展開させてゆくため のコミュニケーション手段である.まずオファーは,自分がオファーを出そうとしている相手がどのような状態にいるかを察知する段階と,その場に効果的な方法でオファーを実行に移す段階に分けられる.せっかくのオファーも相手に伝わらなければ意味が無いものとなってしまう.次にアクセプトについても,他のアクターやミュージシャンから出されているオファーに気づくという段階と,それを受け入れて次へ進むという二つの段階がある.相手のオファーが適切だと考えたならそれに添って次の行動を決める.他の方法が良いと思えばさりげなく方向性を変えてみる.どちらともそれらが数秒間の中で行われる.作業療法士として患者に語りかけることや触れること,同僚とのやりとりも,限られた時間の中で行われる.その度相手の様子や反応をみながら,相手に理解されるように,かつ押しつけがましくないように伝えることは重要である.そして,対象者から出される言語的,非言語的な信号に気付き,それを踏まえた上で治療をする能力も必要である.これは,プレイバックシアターにおけるアクセプトと同じく,相手から出される提案を鵜呑みにするということではない.オファーを受け止めた上で,どのように進めるのが良いかを建設的に考えるということである.セラピストが独自にゴールを決めては対象者にとっての満足にはつながらない.そうかと言って,対象者の言うとおりにすることが対象者にとって良い結果を生むとは限らないのである.

 

4.ミュージシャンに必要とされる能力

@全体を観察し合図を出す

 ここで注目するのは,場面展開を適切にする,枠作りの能力である.ミュージシャン

は演技が始まると,場面に即した音楽を演奏しながら全体の進行を注意深く観察し,ア

クター達の場面展開が適切に進行しているかに注意を払う.ストーリーの中に出てくる

感情や雰囲気を演奏しながらも,アクターと比べてより客観的な視点から全体の様子を

判断することが必要とされる.そして,必要があれば次の場面への移行の意味を込めて

音楽を演奏する.作業療法でも,一人の対象者の治療を行いながら他のセラピストやそ

の他の対象者の状態を概要として常時把握していること,必要に応じて手助けをするこ

とは,一日の作業療法室の運営が危険なく行われるために重要である.どちらかという

と全体を管理する立場の人に求められる能力であると考えられる.

 


Y.作業療法教育におけるプレイバックシアターの可能性

 

 前章で述べたように,プレイバックシアターでは様々な場面で人間性や組織性が問われることとなる.そして,その中には作業療法にも共通する部分が多くある.これらのことから,現在の作業療法教育において必要と思われる人間性・組織性の教育にプレイバックシアターが役に立つと考えた.

ハワード・ガードナーは人間の知能を理解するうえで多重知能という考えを提唱した.彼は人間の知能を構成する知能として,言語的知能,論理数学的知能,音楽的知能,身体運動的知能,空間的知能,対人的知能,内省的知能を挙げている.そして,それらの知能は互いに全く別の知能であり,ある知能を発達させたいと思えばその知能についての教育を行う必要があると述べている7).各知能の詳細について本稿で述べることはしないが,作業療法において必要とされる人間性や組織性は主に,対人的知能,内省的知能,言語的知能によるところが大きいと考えられる.プレイバックシアターは,それらの知能に直接的に働きかける手法であるため,作業療法における人間的教育に役立つと筆者は考えたのである.またガードナーは,どんな教育方法であれ画一的であればそれが最適なのはごく一部の子供たちだけだということも言っている.人間性や組織性は個人によりかなりばらつきがある上に,テスト等で評価することも困難である.プレイバックシアターはチームで行うので,それぞれが苦手な部分をお互いが補い合うことができる.また,上記の知能が必要とされるため,自然とその人の苦手とする能力を伸ばすこともできる.

また,プレイバックシアターが誰でも参加可能な演劇手法であるという点も,作業療法教育に利用するための重要な要素である.もしこの手法を実践するのに大変な努力と時間が必要である場合,作業療法教育の一環として取り入れるには適さないであろう.もちろん他の多くの芸術と同じように,プレイバックシアターに精通しようと思えば沢山の時間と努力,熱意が必要である奥深い手法ではある.しかし,プレイバックシアターでは,指導者の適切な指導のもとに一日のワークショップを行えば,大抵の人がアクターやミュージシャンとしてお互いのストーリーを演じ合うことができるようになる.その点も,プレイバックシアターが作業療法教育に好ましいと考える一点である.

それでは次に,プレイバックシアターが実際にどのような形態で作業療法教育に取り入れることができるかを考えてみる.

 

1.            基本的な人間性・組織性を学習する手段として

 卒前教育としては人間性や組織性を高めるための授業として,卒後教育としては作業療法士の質をより高める手段として研修等に導入できる.いずれにおいても参加者がアクターやコンダクター,ミュージシャンを交代で行うのが良いであろう.

前章で挙げたように,対象者との関係については,対象者への共感,接し方,関係作り,訴えの把握,適切な面接の進行,言葉の用い方といった点での能力向上が考えられる.また,組織の中で働く人間としては,状況把握・対応能力,チームワークの能力が高められると考えられる.

 

2.            臨床実習前後の教育として

  学生が校内での学習を終え,最初に社会や現場に触れるのは臨床実習である.そして先の章で述べた人間性や組織性の問題点が浮き彫りとなってくるのもここからである.多くの学生にとっては実際の対象者と深く接するのは初めてのことである.その人の今後の人生を左右する障害と共にある人を前に,分からないことやどう行動して良いか検討がつかないことも多いだろう.そのような問題に対し,実習前後でプレイバックシアターを取り入れることを提案する.プレイバックシアターのカンパニーが学生を観客としてパフォーマンスを行うこともできるし,事前にワークショップをすれば学生同士で演じ合うこともできるだろう.

 @実習前教育

  まず臨床実習前に,下記のようなストーリーに触れる機会を提供することを目的として,プレイバックシアターを行う.

  ◎病気や怪我,障害を負った.あるいは家族等自分の大切な人がそのような状況になった

  ◎誰かの面倒をみた,あるいは誰かに面倒をみられた

  ◎人に何かを教えた,あるいは教えられた

  ◎怒られた,あるいは誉められた

  ◎臨床実習に出るにあたっての気持ち

  このようなテーマでストーリーを分かち合うことにより,これから相対する対象者という弱い立場の人がどんな気持ちでいるのかということを予測できるようになると考える.病気のときや,弱い立場にいるときの傷つきやすさや不安,人が寄り添ってくれることの嬉しさなどを実習前に感じておくことで,少しでも対象者に共感できるよう準備をしておくと共に,自分が対象者に与える影響を考えられるようになることが目的である.自分がテラーになったならば,受容されるという体験を身をもって知ることができる.観客として他の人が語るストーリーをみることで,違う問題解決の方法や違った視点を学ぶことができるようになると考えられる.また,ストーリーをみることは他の人の人生を垣間見ることでもあり,自分と異なる人がどのように感じたり考えているかを知ることができる.これから様々な患者と接するであろう学生たちにこの経験が役に立つと思われる.

 

 A実習後の振り返り

  次に,臨床実習後の振り返りとして,学生が自分の体験を受け止めて成長してゆくための援助手段として,プレイバックシアターが有用であると考える.臨床実習はこれまで学んだ知識を実際の対象者で実践し,間違っていることがあれば修正しながら,実際に働くことができるよう準備をするための場である.できないことができるようになってゆくことが本来の目的ではあるが,実習の期間のみではとても学びきれないことも多く,自分の失敗体験や不足部分について強調された形で終わることも多い.「こんな自分で働けるのだろうか」「自分は向いていないのではないか」という疑問すら浮かんでくる場合もあるだろう.テラーとして語ることで自分の体験が再現される様子をみることは,もう一度自分の行動を見つめなおす機会となる.つらかったことや嬉しかったことを話して他の生徒や教員と共有することができる.また,観客として他のクラスメートがどのような体験をしたのか,どのように困難な状況を乗り切ったのかを見ることで,自分とは異なる問題解決の方法を発見したり,自分と同じ思いをした人がいるのだという安心感を得ることができる.このように実習での体験をもう一度見つめなおし,これから働くにあたり自分の能力を高めてゆこうと建設的な気持ちを持てることが目標である.

 

3.チームワークを学ぶ手段として

病院や施設という組織で効果的に働くためには,良いチームワークが不可欠である.ここでは,プレイバックシアターがどのようにチームワークの獲得に貢献できるかを述べる.

@    リハビリテーションにおけるチームワークの特殊性

リハビリテーションでは患者が抱える心身の問題に対して,医師,看護師,理学療法士,

作業療法士,言語聴覚士,医療ソーシャルワーカー,義肢装具士,保健師のチームアプローチが要求される.このチームの中で各職種の役割が不明瞭であったり,互いの理解不足や情報不足が存在すると,職種間に葛藤やあつれきが生ずる.その結果,適切な医療を提供できなくなる8).リハビリテーションにおけるチームワークの難しさは,以下の二点によるものではないかと考える.第一に各職種の専門性である.それぞれに異なる視点から患者を見ているが為に,他の視点を理解できなかったり,何か伝えたいことがあっても上手く伝わらない,相手の専門性を尊重するがために意見を言い難いという場合がある.第二に,リーダーシップの共有である.基本的には医師を中心としてその他のコ・メディカルが業務にあたるわけであるが,必要に応じてそれぞれの立場からリーダーシップを発揮する必要がある.このように,一定したリーダーシップがあるわけではない点が,チームとして働く上での難しさであると考えられる.

  作業療法でも,同じ部屋で働く作業療法士,医師や看護師などの他職種と働く中で様々な葛藤が生じることが少なくない.これは,それぞれの専門性や,職種による価値観や視点の違いがあるために避けられないことである.例えば,作業療法士にとっては患者が組み立てた訓練の時間通りに病棟から送迎されてくることが,一日のスケジュールを円滑に進める上でとても重要である.しかし病棟で働く看護師は,今まさに状態が急変した患者に対応するという重要な職務にあたっており手が離せない.結果として患者を送ってくる時間が遅れる.ここで,お互いが相手の状況を理解できない場合,葛藤が生まれる.同時にこれは,それぞれが自分の職務に誇りを感じ,自分の立場からその責任を果たそうとしているからこそ生まれる葛藤でもある.

 

Aプレイバックシアターの活用

ある企業の研修でいくつかの職種が同じ場に集まりプレイバックシアターをする,という場があった.それまでの間,各職種にそれぞれの言い分があり,お互いに何故わかってもらえないのかという不満があった.しかし,プレイバックシアターの時間でお互いのストーリーを分かち合い,各職種が混合したグループで一つのストーリーを演じるという経験を通し,お互いの立場を考えることができるようになったと共に,何があっても「テラーのストーリーを演じきる」という共通のゴールのために,チームの中で自分が何をできるかということを考えることができるようになった.

 作業療法の卒後教育,院内での他職種合同の研修でも,同じようにプレイバックシアターが活用できると考える.リハビリテーションのチームと同じように,プレイバックシアターでも,コンダクター,アクター,ミュージシャンのそれぞれが異なる立場から責任を負っている.何か失敗があっても即興で行う以上,後から「誰が悪い」などと言っても仕方がない.その場で自分が精一杯できることをして貢献するのである.リハビリテーションチームでも,プレイバックシアターを用いて一つのチームとなってストーリーを演じる経験を通し,問題解決のために自分ができることを考え,協力し合うことの素晴らしさを体験できる.また,プレイバックシアターでストーリーを分ち合うことにより,お互いの間に親密感が築かれる.それにより,コミュニケーションもスムーズになる.

 

4.セラピストである自分のメインテナンスとして

@セラピストであること

 作業療法士として日々働く中で,障害を持った沢山の人々と接することになる.先にも述べたように身体障害から精神障害までその範疇は幅広いが,いずれにしろ対象者は皆「かつて」の自分と「今」の自分との葛藤の中で障害と共にある.リハビリテーションというと,辛い,大変などというイメージがあるかもしれないが,対象者にとって最もつらいのはリハビリテーションを通して変わってしまった現在の自分と向き合わなければならないこと,そして障害がありながら生きてゆくということを感じなければならないことではないだろうか.学校を卒業したての作業療法士たちがこのような人々と直面するのは大変であろうし,自分の中に色々な感情が掻き立てられることもあるだろう.

 

A「セラピスト」としての自分と「個人」としての自分

 上記のような状況の中で,勤務にあたる作業療法士は専門家として対象者の訴えを聞き,共に訓練を行ってゆく.それは新人であっても,経験を積んだ作業療法士であっても同じである.

 筆者が作業療法士養成校である大学を卒業し,働きだして数ヶ月したときのことである.初めて,自分が担当した患者の死に直面することとなった.その患者は徐々に全身状態が悪くなり,私ができることと言えば身体の関節が固くならないように少し動かすこと,話を聞くこと,筆者が飼っているペットの様子が今日はどうだなどの話をすることぐらいであった.それでもその患者は筆者が毎日病室に訪れるのを待っており,その日のペットの様子などを聞いてきた.筆者のペットが死んでしまったとき,日に日に体力を失ってゆくその患者にそれを伝えることがはばかられ,ペットのことを聞かれると「元気です」と適当な嘘をついて答えていた.身体がつらい中,話をしても決して楽しい気持ちにはなれなかったであろうが,毎日行くことに何らかの意味があると思い病室へ通い続けた.ある朝,筆者がいつも通りに出勤すると同僚から「○○さんがさっき亡くなったって。」とその患者の死の事実を知った.筆者にとっては,あまりに突然であった.家族ではないので「危篤です」と呼び出されるわけでもなく,死に顔を見るわけでもなく,葬式の準備をしなくてはいけないわけでもない.信じられないという思いと,突然の喪失感であまりにつらく,数分間一人になることが必要であったが,今日の業務はいつもと変わらず始まる.他の患者が待っている.なんとか気を取り直すと,また表面的にはいつも通り仕事を始めたのである.その後も葬式にいくわけでもなく,その患者の訓練が終了となっただけで,また新しい患者がやってくる.日々の中でなんとなく悲しさと処理しきれない気持ちが薄らぐことを待つしかなかったのである.

 専門家として働く以上,患者に対して共感しながらも客観的な態度や姿勢でいることは必須である.それが無ければセラピーは成り立たないであろう.しかし,人間同士としての関わりがある以上,「わたし」個人に対する影響は避けられないものである.悲しかった,つらかった,腹が立った,嬉しかった,そんな感情を否応なしに感じてしまうことも事実である.

 

Bセラピストがテラーになるためのプレイバックシアター

 セラピストが心身ともに健康であることは,ケアをするという立場から考えて重要である.個人的には,経験を重ねることで沢山の患者や患者の障害,患者の死と触れ,自分の中で気持ちの整理ができるようになってきたと感じる.それでもやはり,「わたし」個人として自分の思いを抱えることが大変な時も多い.まして卒業したばかりのセラピスト達が,患者の人生の一部をあずかり,その気持ちを受け入れていくことは大変なことであろう.そして専門家として働く人々にとっても「わたし」個人がどんな気持ちであったかを語る場が必要であると考える.それは,日々健康な気持ちで過ごしてゆくため,また新たな気持ちで患者や自分の人生と向き合うためである.

 プレイバックシアターが有用な点は,例えば患者との関わりのストーリーであっても,患者の個人情報を保護しながらもテラーである作業療法士が見たいストーリーを再現でき,それをその場にいる人々全体で共有できるところである.患者の名前や,詳しい病気の名前などの情報は必要ない.

 筆者自身の経験として,上記のようにとても自分の中だけでは受け止め切れないような出来事があったとき,テラーとなって語ることによって助けられてきた.セラピストとして対象者に対してやれることはやったがどうにもならなかったこと,チームで働く中で感じる葛藤,そんな体験を語ることで,セラピストとして抑えていた個人的感情をもう一度しっかりと味わい,消化することができた.そしてまた,自分はこの仕事を好きで続けているのだ,ということを確認することができた.

そしておそらく誰かが語る自分の体験は,他の多くのセラピストにとっても自分の体験を思い起こさせるストーリーであるだろう.語った人のみでなく,それを見た人にとっても共感や安心,勇気を与える場所を作ることができると考えられる.

 

 

                Z.おわりに

 ここまで,プレイバックシアターと作業療法の共通点や,どのようにプレイバックシアターの経験が作業療法士としての技術の向上に役立つかについて述べてきた.多くの作業療法士は何をもってその道を志したのであろうか.「ひとが好きだから」「誰かの役に立ちたいから」「手に職が欲しいから」「物を創ることが好きだから」その理由は様々であろう.筆者自身は,そのような明確な理由は特に持っていなかったが,数ある職業の中から限られた情報を元に「きっとこれに違いない!」と根拠の無い確信を抱きながら大学に入学した.卒業までに必要最低限なことを学び,右も左も分からない状態で働き始める.そこで触れるのは沢山の患者であり,いくつものストーリーであり,重く深い気持ちであり,人間として生きる歓びであろう.そのような大変な職務にあたる作業療法士の教育や,作業療法士自身のメインテナンスの為に,プレイバックシアターが寄与できる部分は大きいと信じている.

筆者が最もプレイバックシアターに教わるところが大きいのは,なによりも相対する人を尊重し大切に扱う姿勢であり,気持ちである.患者と接する際に,「今までこの人はどんな人生を歩んできたのだろうか.」「この人の中には今どんなストーリーが浮かんでいるのだろうか.」「この人が一番伝えたいことは何なのだろうか.」純粋に,そんな気持ちを湧かせてくれたのがプレイバックシアターである.そしてこれまで,個人的にどんな気持ちを掻き立てられても,仕事の中に面白さを見出し,常に相手に対する敬意と興味を失わずにやってくることができたのも,プレイバックシアターのおかげであると,今振り返って思う.

筆者が作業療法の姿勢として最も好きなのが,「自己の利用」である.山根は,対象者と共に作業活動をおこなう作業療法では,どのような役割をとらされても,またとろうとしても,作業療法士が今ある自分(年齢,性別,パーソナリティ,その他)と自分自身が持つ知識や技術を大きく超えた役割をとることは不可能である,と述べている9).プレイバックシアターを実践しながらも,まさにこのように感じる.現在の限られた自分自身としてしか実践することはできないが,それと同時に現在の自分自身にしかできないことがある.だからこそ,作業療法士にとって人間性が大切なのであろう.

 今後作業療法士の養成にあたって,実際にプレイバックシアターが授業等で取り入れられるならば,多くの学生が現場へ出て働き出すための準備に役立つであろう.そして日々様々な困難と格闘しながらも懸命に働き続ける作業療法士達にとっても,プレイバックシアターが技術の向上の一助になると考えている.

 

 

謝辞

 本稿を書くことができたのは,6年間私を育ててくださった劇団プレイバッカーズのメンバーとの時間があったからです.ここに,心より御礼申し上げます.身を持って私に人と接することのよろこびを教えてくださったこれまで関わった患者様,共に働いてきた仲間たちに感謝いたします.また,本稿を書くにあたりご指導くださったジョナサン・フォックス氏,宗像佳代氏,東海林義孝氏に感謝いたします.

 

引用文献

1)社団法人日本作業療法士協会:作業療法ガイドライン(2002年度版)

2)太田睦美:研修プログラムの基本的な考え方と方法.OTジャーナル38(10)101310172004

3)矢谷令子,濱口豊太:教育評価および作業療法士の教育と評価.OTジャーナル38(3)1661722004

)社団法人日本作業療法士協会:作業療法士教育の最低基準

5)岩崎テル子.作業療法士の養成教育 作業療法教育研究会の立場から:作業療法 241p.162005

6)宗像佳代:プレイバックシアター入門【脚本のない即興劇】.明石書店:2006

7)Howard Gardner:MI:個性を生かす多重知能の理論.新曜者:2001

8)渡辺俊之,本田哲三:リハビリテーション患者の心理とケア.医学書院:2000

9)山根寛:精神障害と作業療法.第一版.三輪書店:1997

 

参考文献

1)Howard Gardner:多元的知能の世界−MI理論の活用と可能性−.日本文教出版株式会社:2003

2)Drama In Therapy, by Courtney, Richard & Schattner, Gertrud. New York:

 Drama Book Specialists, 1981

3)ジョナサン・フォックス:エッセンシャル・モレノ.金剛出版:2000